漢書(東方朔伝)
漢の武帝は夏のさかりの三伏の日、郎官や侍従たちの労をねぎらって肉を下賜(かし)した。ところが、日が傾きかけても係りの役人が来ず、なかなか宴がはじまらなかった。常侍郎の東方朔(とうほうさく)はしびれをきらし、勝手に剣を抜いて肉を切り、同僚たちにいった。
「三伏の日は早退(はやび)けをするのが当然だ。わたしは下賜の品だけ頂戴して帰るよ」
そして切り取った肉を懐(ふところ)にいれて帰った。
翌日、東方朔が出仕すると、武帝が咎(とが)めていった。
「昨日、肉を下賜したとき、そなたはわたしの命令も待たずに、勝手に肉を切り取って帰ったそうだな。なにゆえか」
東方朔は詫びのしるしに、冠をぬいで平伏した。すると武帝がいった。
「東方朔! 起って己(おのれ)を責めて見せよ」
東方朔は立ちあがって大声でいった。
「朔よ。賜わり物を受けるのに、おそい命令を待たずにさっさと頂戴して帰るとは、なんと敏捷なことか! 剣を抜いて肉を切るとは、なんと勇壮なことか! 肉を切るのに多くを切り取らぬとは、なんと無欲なことか! 帰ってそれを妻に贈るとは、なんと情の深いことか!」