諧〓録・山中一夕話
江夏(こうか)の王義恭(おうぎきよう)は骨董品が大好きで、しょっちゅう同僚の朝臣たちに無心していた。侍中の何勗(かきよく)はこれまでに幾品か贈ったのに、王義恭がなおも所望しつづけるので、内心はなはだおだやかでなかった。そこで、たまたま外出したとき道端に犬の首輪と犢鼻(ふんどし)が捨ててあるのを見つけ、部下の者にそれを拾って持ち帰らせると、箱に納めて鄭重に王義恭のもとへとどけさせた。そして次のような手紙を添えた。
「ご所望によって骨董品二点をお贈りいたします。このたびの品は、李斯(りし)の犬の首輪と司馬相如(しばしようじよ)の犢鼻でございます」
李斯は秦の始皇帝の宰相であったが、罪を得て死刑になるとき次のような言葉を残した。「再び黄犬を牽(ひ)き、故郷上蔡(じようさい)の東門を出(いで)て、狡兎(こうと)を逐(お)わんと欲するも、あに得べけんや」——その犬の首輪だというのである。
司馬相如は漢の武帝のときの高名な文人であるが、貧窮のとき、卓文君(たくぶんくん)を誘って駈落ちをし、居酒屋を開いて、犢鼻一つになって皿洗いをした。そのときの犢鼻だというのである。