啓顔録
山東の人が蒲州(ほしゆう)の娘を娶(めと)った。蒲州には瘤のできている人が多く、妻の母親も首に大きな瘤があった。
結婚して数ヵ月たったとき、妻の実家では婿があまり賢くないようだと疑い、酒宴を設けて親戚の者を呼び集め、その席で父親が婿の知恵だめしをすることになった。
さて父親が婿に向ってたずねた。
「君は山東でずっと学問をしていたので、さぞかし物の道理に明るいだろう。そこでたずねるが、鴻鶴(こうかく)がよく鳴くのはどういうわけだろう」
すると婿は、
「天然自然(てんねんしぜん)にそうなのです」
と答えた。
「では、松柏(しようはく)が冬でも青いのはどういうわけだろう」
「天然自然にそうなのです」
「では、道端の木に瘤があるのはどういうわけだろう」
「天然自然にそうなのです」
そこで父親は、
「君は全く物の道理をわきまえていないな。何のために山東でぶらぶらしていたのだ?」
といい、さらにからかって、
「鴻鶴がよく鳴くのは首が長いからだ。松柏が冬でも青いのは心(しん)が強いからだ。道端の木に瘤があるのは車があたってすりむけるからだ。天然自然なんてものじゃないんだ」
すると婿がいった。
「わたしの見聞(けんぶん)したことを申し上げてもよろしいでしょうか」
「いってみるがよい」
「では申し上げます。蝦蟇(が ま)がよく鳴くのは首が長いからでしょうか。竹が冬でも青いのは心(しん)が強いからでしょうか。母上の首に大きな瘤があるのは車があたってすりむけたからでしょうか」
父親は恥じて、黙ってしまった。