健忘症(一)
啓顔録・艾子後語
〓(う)県に忘れっぽい男がいた。あるとき、斧を持って山へ柴刈りに行った。妻もついて行ったが、山へはいると男は急に大便がしたくなったので、斧を地面に置いてその傍で用を足した。用を足し終ってから、ふと見ると傍に斧があるので、大よろこびをして、
「斧を見つけたぞ」
と小踊りしているうちに、さっきの大便を踏みつけ、
「これは誰かがここで大便をしたとき、この斧を忘れて行ったのにちがいない」
といった。妻が夫の忘れっぽいのにあきれながら、
「さっきあなたは斧を持って柴刈りにきて、大便がしたくなって、斧を地面に置いたじゃありませんか。どうしてそう忘れっぽいのです?」
というと、男はその妻の顔をしげしげと眺めて、
「はて、おかみさんはどなたですか。いったいどこで、おかみさんと知り合いになったんでしょうか」