呂氏春秋(審応覧篇)
ある男、何者かに黒衣を盗まれたので、往来へさがしに行った。たまたま黒衣を着た女が通りかかったので、その袖をつかまえると、女は、
「何をするんです」
と怒った。
「おまえさんの、この黒衣がほしいのだ。おれはさっき盗まれたのだ」
「あなたが黒衣を盗まれたかどうか、そんなことはわたしの知らないことです。これはわたしが自分で仕立てたもので、あなたのではありません」
「おまえさん、さっさとおれによこした方がいいよ。さっきおれが盗まれたのは裏つきの黒衣だったが、おまえさんのはひとえじゃないか。裏つきとひとえの取りかえっこなら、おまえさんだって得(とく)じゃないか」