韓非子(内儲説篇)
晋(しん)の文公のときのことである。料理人が炙(あぶ)り肉をこしらえたところ、その肉に髪の毛がついていた。文公が料理人を呼び出して、
「なぜ炙り肉に髪の毛をつけておいたのだ。おまえは、わたしがむせるのを見たいのか」
と叱りつけると、料理人は頭を地にすりつけていった。
「わたくしは、死罪にあたる罪を三つも犯しました。一つは、砥(と)石で庖丁を名剣干将(かんしよう)のように鋭く砥ぎあげて肉を切りましたにもかかわらず、肉だけが切れて髪の毛が切れなかったことでございます。二つは、串(くし)に肉片を刺しましたが、わたくしの眼には肉片だけが見えて、髪の毛はまったく見えなかったことでございます。三つは、爐(ろ)に火をおこし、炭火をまっかに燃やして肉にはよく火を通しましたにもかかわらず、髪の毛には火が通らなかったことでございます。しかしながら、お部屋の外に誰かわたくしの料理人としての腕をねたみ、わたくしを憎んでいる者がいないとは限りません」
文公はそれをきくと、
「よし、わかった」
といい、部屋の外まわりの者を呼び出して詰問したところ、髪の毛を炙り肉につけたのは、はたしてその者のしわざであることがわかった。