韓非子(外儲説篇)
宋の襄公が楚軍と〓谷(たくこく)のほとりで戦った。
宋軍はすでに陣形をととのえていたが、楚軍はまだ川を渡り切っていない。右司馬の購強(こうきよう)が襄公のもとに駈け寄ってきて進言した。
「楚軍は多勢、わが軍は無勢(ぶぜい)です。楚軍に半ば川を渡らせ、陣形をととのえさせないうちに攻撃をかければ、必ずこれを破ることができます」
しかし、襄公はいった。
「君子は人の弱みにつけ込まぬものだときいている。楚軍はまだ川を渡り終らぬではないか。これを攻撃することは道義にそむく。楚の全軍が川を渡って陣形をととのえたならば攻撃の命令を下す」
「君は宋の民を愛されぬのですか。腹心の部下の安全をはかることなく、ただ道義を口にされるとは!」
購強が諫(いさ)めると、襄公は怒った。
「陣にもどらぬと、軍法によって処断するぞ!」
購強はやむをえず陣にもどった。
楚軍が川を渡り終って陣形をととのえると、襄公はようやく攻撃の命令を下した。しかし宋軍は大敗し、襄公も股に傷を負うて、三日の後に死んだ。