群居解頤・拊掌録
信州(しんしゆう)のある女、落ちぶれて貧しい暮しをしていたが、それでも歌が好きで酒もよく飲んだので、日常の衣食にもこと欠くありさまであった。あるとき、人から信州の略図をかいた布をもらったので、洗って染めなおし、裙(スカート)につくりかえたが、略図の墨の跡は残っていた。
たまたま近所の人たちが集まり、芸妓を呼んで酒宴を開いた。彼女も呼ばれたが、しばらくすると、一人の女中があわただしく飛び出してきて、
「あの人が誤って裙を焦(こが)しました」
といった。きいた人がおどろいて、
「どのへんを焦したのだ」
というと、女中は自分の前のあたりを指さしながら、
「ちょうど大雲寺の門のあたりです」