——窓側の席か通路側の席か
バネをひっぱってから離すと、ある一定の振動数で規則正しい振動を始める。ただしふつうはマサツがあるから、振動の大きさは次第に小さくなっていって、しまいに止ってしまうが、もしマサツのない理想的な状況に置かれたとしたら、振動は永久に同じ大きさで続くはずである。こういう振動を固有振動という。
バネの場合は固有振動がただ一つしかないが、もっと複雑な物質系、たとえば結晶のような、互いに力を及ぼし合っている無数の原子の集まりなどでは、いろんな振動数で振動する無数の固有振動がある。その振動数がどういうふうに分布しているのかということや、一つ一つの固有振動において、どの原子がどれだけ振れているのか、ということは、物質の性質をきめる大きな因子の一つである。そのため、固有振動の問題は、比較的地味ではあるが、物性物理学の大きな課題として、多数の研究者がこれととりくんでいるのである。
振動数の分布は、結晶の端っこにある原子が何か他の堅い物体に固定されているか、または自由に動けるか、いいかえれば結晶が固定端をもつか自由端をもつかにはほとんど関係なくきまる。しかし、一つ一つの固有振動においてどの原子がどれだけ振れるかは、結晶の端の置かれている条件にかなり左右される。当然のことだが、固定端の場合には端に近い原子はきゅうくつで動きにくいのに対して、自由端の場合には逆で、端に近い原子だけがもっぱら動くような固有振動さえ存在することがある。
劇場や会議場で席につくとき、私はできるだけ片側にしか人のいない端っこの席を選ぶことにしている。こういう席はまさに自由端で、他人に気がねせずに休憩に立ったり中座したりできるからである。航空機や列車の場合には、窓側の席は固定端で、通路側の席は自由端だから、夜乗るときは同じ理由で通路側を選ぶ。しかし昼間は窓外の景色を楽しみたいから窓側に座る。景色を楽しむという立場からはむしろ窓側の方が自由端で、通路側の方が固定端だから。