——危険な常識的予想
結晶にある特定の波長と進行方向をもつX線をあてると、結晶面によって強く反射される。これをブラッグ反射という。結晶面は鏡のような平らな面ではないが、規則正しく並んだ原子の一つ一つによって散乱されたX線のうち、特別な方角に向うものだけが干渉によって互いに強め合うためにこういうことが起こるのである。
ブラッグ反射は電子のような物質波や、結晶の中の振動の波などに対しても起こる。特定の波長と進行方向、したがって特定のエネルギーをもつ波は、ブラッグ反射のために、結晶の中を伝わることができない。このために、自由な空間を走る波はすきまなしにどんなエネルギーをももつことができるのに対して、結晶中を伝わる波のもつことのできるエネルギーには、いくつかの「すきま」ができることになる。
この現象は原子が規則正しく並んでいるために生じたものであるから、常識的に考えると、結晶が乱れて、原子の並び方がでたらめになると、エネルギーのすきまはなくなってしまうように思われる。理論的な計算も、この予想を裏書きするように見えた。
ところが、十五年ほど前にイギリスのディーンという学者が、電子計算機を使って、乱れた結晶の中の振動の波のエネルギーを計算してみたところ、予想に反してエネルギーのすきまは残り、しかも規則正しい場合よりはるかに多くのすきまができることさえあることがわかった。
この結果に刺激されて、幾人かの理論物理学者が、それまでにあった理論とまったくちがった新しい理論を創りだすことに努力しだした。その結果、ディーンの数値計算の方が正しいことが証明され、十五年前の常識は完全にくつがえされてしまったのである。
ディーンが常識的な予想で満足していたならば、またもしそれを疑っても電子計算機がなかったならば、我々は依然として古い常識にしがみついていたにちがいない。