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パラサイト・イブ11

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       10 吉住は助手のひとりを連れて更衣室に入り、緑色の手術着に着替えた。滅菌済みの手術着は、いつものことなが
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 吉住は助手のひとりを連れて更衣室に入り、緑色の手術着に着替えた。滅菌済みの手術着は、いつものことながらごわごわとした感触がする。
 その後、隣の手洗い室に入った。ステンレス製のシンクが二台並んでいる。吉住はその前に立ち、マスクと帽子で覆われた自分の顔を眺めた。
 吉住たちはシンクに備え付けられているシャワーの栓を開け、出てくる滅菌水で両腕を丹念に洗った。続いて消毒液を手のひらに出して取り、まんべんなく腕に塗る。そして横に吊《つ》るされているタワシを手に取り、それでごしごしと擦《こす》った。細かい泡が両腕を覆ってゆく。シャワーでそれを洗い流す。小型のブラシで爪《つめ》の間や指先も磨く。その一連の手順を三回繰り返した。
 手術というものは基本的に無菌操作でおこなうものだが、移植手術の場合は特に神経質にならなくてはいけない。レシピエントは拒絶反応を抑えるため免疫抑制剤が投与されている。だがこの処置は同時にレシピエントの細菌に対する抵抗性まで弱めてしまう。移植する腎がもし雑菌に侵されでもしていたら、レシピエントの生命にかかわるのだ。術者は慎重に消毒をする必要があった。
 手術室に入り、専属看護婦にガウンをつけてもらい、ゴム手袋をはめる。吉住は両手を組むような動作を繰り返して手袋の弛《ゆる》みを伸ばし、手にフィットするようにした。
 すでにもうひとりの助手がドナーの皮膚消毒を済ませていた。術野である腹部を残して「覆布《おいふ》」と呼ばれる緑色の滅菌布が何枚も被せられている。ドナーの顔も布で覆われていて見えないようになっていた。滅菌布の役目は二つある。ドナーの体を覆うことにより、ドナーの体表に付着していた雑菌が術野に感染するのを防ぐことと、手術部位以外を隠すことによって術者の気が散るのを防ぐのである。緑色は、ドナーの血が飛んだとき生々しさを紛らす効果がある。
 吉住は死体から向かって左側に位置した。吉住とともに手洗いを終えた第一助手が死体を挟んで向かいに立つ。吉住は第一助手と目を交わし、そして室内をぐるりと見渡して、もうひとりの助手と手術室付き看護婦の準備が整っていることを確認した。
「心停止から一七分が経過しています」
 看護婦の報告に吉住は頷く。
「よし、始めよう」
 ぽんと小気味よく吉住の右手にメスが渡された。
 丸く開いた覆布の穴から死体の腹部が露出していた。吉住はそこに手を添えて死体の腹部を縦に切開した。鮮やかな色の血液が噴出してくる。吉住は止血|鉗子《かんし》で切り口を挟み、動脈血が流れ込むのを防いだ。切開創を手で押し広げ、腸の外側の輪郭をとるようにして、腹膜を切り開いてゆく。さらに小型の止血鉗子を幾つか突っ込む。まだ静脈からいくらか血液が浸潤してきていたが、時間が惜しかった。吉住は止血もほどほどに切開を進めた。次第に消化器官が露出されてくる。肝をヘラで上方に持ち上げ、内部を見やすくした。そのヘラを向かいの助手に手渡し、そのまま保持させておく。灌流装置に付いている助手が輸液を定期的に取り替えてゆくのが視野の隅に映った。
 不意に、吉住は先程声をかけたドナーの夫の顔を思い出した。吉住は頭を振り、その映像を頭から追い出そうとした。だができなかった。
 それほどその表情は異様だったのだ。
 男の目は白濁していた。穏やかではあったが、なにかに取り懸《つ》かれたかのようにぎくしゃくとしていた。それに、握手をしたとき吉住は思わず叫びそうになった。熱湯に手を突っ込んだ直後のように熱かったのだ。冷静を装ってその場を離れるのに精一杯だった。
 あれは何だったのだろう。あの男はいったいどうしたのだろう。
 吉住はもう一度強く頭を振った。強引に男の顔を脳裏から消し、術野に視線を戻す。今は摘出に集中しなければならない。
 腎は腰のあたりにあると思っている人が多いが、実際はもっと上方、ちょうどあばら骨の一番下にあたる第十二肋骨《ろつこつ》の後ろに位置する。腎に到達するためには、その手前にある胃や膵臓《すいぞう》、腸などをどけなければならない。吉住は結腸や膵臓の奥に見える腹腔動脈や上腸間膜動脈などを、ひとつひとつ糸で縛り、切断していった。助手が胃の内容物をチューブから吸引する。きれいになったところで食道を切断した。これでほとんどの消化器官は体の上部とのつながりが切断されたことになる。したがって臓器はすくい上げて体の外へ取り出すことができる。生体から腎を摘出するときはこんな乱暴な方法を取るわけにはいかないが、死体腎の摘出では時間の短縮が最優先される。ろくに止血せずに切開していったのも、腎へ到達するまでの時間をなるベく節約するためだ。
「二三分」看護婦が心停止からの時間を読み上げる。
 吉住は助手と二人がかりで腹腔内の臓器を引き出し、反転させて死体の股間《こかん》へ置いた。緑の覆布の上にドナーの消化器官が陳列された格好になる。目的の腎臓を残して余分な胃腸をどけてしまったわけだ。助手が右手でそれら臓器を押さえ、左手で切開面を開いてみせる。ドナーの腹部にすっきりとした大きな空間ができていた。左右の腎臓がよく見える。きれいなピンク色をしており、きらきらと光を反射させていた。いい状態だ。吉住は満足した。
 この状態になると、腎の動脈や静脈の位置がよくわかる。右足の大腿動脈から腹部大動脈へとダブルバルンカテーテルが送り込まれているのが見て取れる。ふたつのバルーンはちょうど腎動脈の分岐点を挟むような形で膨らみ、灌流がうまくいっていることを示していた。また、下方に目をやると、腎から膀胱《ぼうこう》へ向かって細い糸のような管が走っているのがわかる。こちらは尿管である。吉住は腎を取り出しやすくするために周囲の組織を剥離《はくり》し、そして尿管を腸骨のあたりで切断した。
 あとは腎の動脈と静脈を切断するのみである。この切断位置を見誤ると、レシピエントに移植する際に苦労することになる。吉住は慎重に血管の剥離を進行させた。
「三〇分」
 今回のように左右両方の腎を摘出する場合、死体から腎をひとつひとつ切り離すのではなく、まず両方の腎の血管がつながった状態でふたつを一気に摘出し、のちに左右の腎を分離するという方法がとられる。吉住は助手に灌流冷却保存装置の準備を促した。吉住たちが中央病院から持って来た機械である。両方の腎を摘出した後それぞれを分離させ、そのうち市立中央病院で移植に用いるほうをこれに入れて運搬するつもりだった。
 吉住は、助手が細胞外液を模した組成の灌流液を装置にセットするのを見届けてから、下大静脈を腎との連結点より上方で切断し、腎の冷却灌流をストップさせるよう指示を出した。そして即座に腹部大動脈を上方で切る。助手が左右の腎を両手でそっと抱え、下方へと引き出した。看護婦が、切断した血管の先端を見失わないように支持している。ふたつの腎はドナーの体の股間から伸びる腰動脈と腰静脈のみでつながれている。吉住がこれらをばさりと切断した。
 OK。吉住は心の中で声を出した。
 第一助手がすくい上げるようにしてふたつの腎を取り出し、ステンレスのトレーの中に置いた。
「三六分です」
 看護婦が経過時間を告げた。
「分けるぞ。コーディネーターを呼んでこい」
 看護婦が外へ走る。吉住はトレーに乗せられた腎の塊を手に取りながらじっくりと見つめ、血管や尿管の配置、長さなどを入念にチェックした。腎は人によって微妙にその形が違っている。ときには移植に適さない血管の形をしていることもある。レシピエントへ移植する際に慌てないよう、ここでその形態を完全に把握しておく必要があった。
 吉住は慎重にふたつの腎を切り離した。コーディネーターの織田が手術衣を着て入ってきた。シッピングのためのバッグを携えている。織田はすばやくバッグから容器を取り出した。「右を持っていってくれ」吉住はいった。「とくに異常はない、大丈夫だと思う。尿管は一本、動・静脈もひとつずつだ」
「時間は?」
「三八分です」織田の問いに看護婦が答えた。
「わかりました」織田は時計を合わせる。吉住は容器に腎を入れた。
 織田はバッグを抱え、ひとつ礼をして出て行った。これから織田は隣の県まであの腎を届けることになる。車で二時間の距離だ。
 第一助手が織田の出てゆくのを待たずにもう一方の腎を灌流保存装置にセットしはじめていた。手早くチューブを腎動脈に挿入し、プログラムを作動させる。ポンプに押されて、冷却しておいた灌流液が腎に流入してゆくのがわかった。灌流圧を示すメーターが振れる。助手はその圧力をつまみで調節し、目盛りが五〇のところにくるようにした。
「四〇分」看護婦が時を告げる。
「よし、終了だ」
 吉住の声が響き、室内にほっとした空気が流れた。
 だが手術はこれで終わりではない。中央病院へ戻ってレシピエントへの移植手術が残っているのだ。吉住たちは自分たちの持って来た器具を手早く回収し、手術室を出た。大学病院側の担当医にご言挨拶をする。
「あとの処理はお願いします。病院へ戻ります。ありがとうございました」
 ええ、と曖昧な返事を担当医は返した。吉住は踵を返し、保存装置を押す助手たちのもとへ駆けて行こうとした。そのとき、担当医の眩く声が吉住の耳にはいった。
「なんでまた肝などを……」
「え?」
 吉住は意味がわからず、足を止め、振り向いて眉間に搬《しわ》を寄せる担当医に尋ねた。
「ドナーの遺族ですよ」困惑気味に担当医がいった。「薬学部の先生らしい。肝細胞が欲しいんだそうです」
「なんですって?」
 吉住は目を剥《む》いた。即座には理解できなかった。
 肝を?
「吉住さん」
 助手が呼んだ。外へ通ずる扉の前で、ふたりの助手がもどかしげに吉住を待っていた。吉住は助手たちと担当医の顔を交互に見比べた。担当医の話を詳しく聞きたかった。だが今は時間がない。
「……それでは失礼します」
 そういって吉住はその場をあとにした。
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