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「それほどに、死んだ女がよかったのか……?」
「何事にも、いさぎよい女でございました。男らしい男のように、いさぎよい……」
「そうか、なるほど。そうした女は百人に一人もいまい。顔かたちや肌身のよさでもなく、そうした女こそ、何よりも男がのぞむ女なのだからな……」
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[#地付き]「消《き》えた男《おとこ》」
妻を亡くした男と平蔵とのやりとりである。
男同士のいい会話だ。「いさぎよい女」こそ、男がのぞむ女だという。わかるなあ、その気持ち。
私事閑話である。いきなりだが、小生、女々《めめ》しい女が嫌いだ。
テレビなどでも、ささいなことでやたらにメソメソする女を見ると、
「もうすこし毅然としておられんのか」
ソファーの上で仁王立ちになりたい気分に襲われる。
時はいつなんめり。あまたの男性が「いい女だ」と認める女性と食事をする僥倖《ぎようこう》に恵まれたことがある。彼女は、東に悩める後輩がいれば一緒に将来を悲観してあげ、西に上司のつまらぬジョークを聞けばお追従笑いをしてあげ、南に宴会があればしょんぼりしている同僚をやさしく励まし、北に会議があれば堂々と「意見書」のみで参加を表明して実務をテキパキこなす、と噂される才女であった。
その食事の折、「あなたは誰からも好かれているみたいだね」というと、「それは、あたしが悪人だってことでしょ」と朱唇を結んでキッと睨んだ。簡にして要を得た受け答えである。そして、「笑いたくないときも笑ったりして、自分の心を偽り、それで他人までもダマしているわけだから」と美しい眉を微動だにさせることなくつけ加えるのであった。やるね。玉のような艶やかな時間とはこれである。
その晩、物語はいっこうに始まる気配を見せず、「公園の池のまわりをぐるっとしませんか」と誘ったが、彼女は私にパンチをくらわす格好をしたあと、「ほんじゃあね〜」とパソコンを�強制終了�させるようにあっさりと帰ってしまうのだった。小生が彼女のなかに小さな忘れ物をしたのはいうまでもない。
後年、彼女はある男性との恋に破れたらしいのだが(むろん小生ではない)、別れ際に「あたし、男みたいに女々しくないから安心して」と訣別の辞を述べたそうな。
春夏秋冬、女は怖い。だが、こういう女こそが「いさぎよい女」である。
相手が自分の言いなりになってくれることが愛されていることだと勘違いし、打算や損得ばかりを気にして厚かましい言動にでたあげく、望みがかなわないと知るとメソメソ泣き、泣いても埒《らち》があかないとわかるとふてぶてしく開き直る浅ましい女とは、そもそも男に対する気構えというか、料簡《りようけん》がちがう(だから小生もこれに見習い、未練はあるがいさぎよく、泣く泣く彼女には近づかないでいる)。
平蔵の妻・久栄《ひさえ》や、密偵のおまさが、男性読者の眼に好ましいと映るのは、彼女たちがともに出処進退が垢抜けていて、目から鼻へ抜ける才覚をもった「いさぎよい女」だからである。いさぎよい女とは、見返りを求めない女である。で、まわりを見渡してみると、いさぎよくない女だらけである。