少し古い話になるが、「SMAP×SMAP」に、聖子が出演したという事実は、我々の間で大きな波紋を巻き起こした。
聖子の手がすうっと伸びて、キムタクの膝《ひざ》に置かれたのを、我々は見逃さなかった。
「キスまでして、図々しいにもほどがある。絶対に許せない」
と、このあいだ聖子のコンサートに一緒に行った友人も憤り、次の日は、どこへ行ってもその話題でもちきりであった。聖子のことを、すごく老けた、という人もいるし、昔とまるっきり変わっていないという人もいた。私に言わせると、額のあたりにやや難点があったかなあという感じであろうか。
それにしても聖子はよく頑張ったと私は思う。はからずも彼女は、年下のカッコいい男に対し、年上の女がどう振るまうかというお手本を我々に示してくれたのである。
まず髪型、ファッションから、彼女は考えに考え抜いた。ブリっ子をすれば女性週刊誌に叩《たた》かれる。何よりも若いピチピチのコたちにかなうはずはない。それで大人っぽいドレスにし、髪はルーズな三ツ編みで少女らしさを出すという演出に落ち着いたのである。ここで胸を大きく開けることを彼女は忘れない。なぜなら、ここのすべすべと白い肌の美しさは三十代のものであって、二十代の女のコはまだ持っていないものなのである。
眉《まゆ》のはね方の角度が、いつもよりも少ないことにも注目すべきであろう。メイクもちょっと薄めにしていた。
そして彼女がいちばん思案したのは、SMAPにどう接するかということであろう。やり方はいくつかあった。わざとはしゃいでみせるというやり方が、まずあがる。
「もお! うちの沙也加がSMAPの皆さんの大ファンなんですう! いつも娘と一緒に見てるんですよ。今度はコンサートにぜひ行きたいわ」
という手法はよく年増のタレントが使う手であるが、いかにもオバさんっぽい。この極端な例として、大スターとして振るまうということも考えられるであろう。
マーケティングリサーチをするまでもなく、SMAPの面々というのは、聖子の全盛期をよく知っている。当時十歳になったかならないかの彼らは、「ザ・ベストテン」の一位になる聖子と一緒になり、テレビの前で「野ばらのエチュード」を一回や二回は歌ったであろう。だから、それなりの尊敬を彼らは持っているはずだ。聖子はそれに賭《か》けようとした。
つまり若づくりのぶりぶりの女から、成熟した憧れられる女性として振るまう方が、はるかに賢いと判断したわけだ。これは出来そうでなかなか出来ることではない。なぜなら私ら年増の側に来るということは、もうステージから降りる、勝負をしないということを意味する。もちろん降りるふりをするのであるが、これは女にとってなかなかつらい。
もうかなり昔の話になるのであるが、大学を出た私は、就職することが出来ずプータローをしていた。今思うと不思議なのであるが、もう女子大生ではなくなった自分のことを、私はもうすっかりオバさんだと思っていた。
ところで私は当時から、若い女のコを可愛がるのが好きであった。よってアパートの女子大生たちは、私のことを「お姉さん」と呼び、そりゃあ慕ってくれたものである。が、これはとても損な役まわりである。私と彼女たちとは二つ、三つぐらいしか違っていないのだ。それなのにこちらはオバさんっぽく振るまわなくてはいけなくなってしまう。
彼女たちのところには、同級生の男のコたちがよく遊びにやってくる。自然にグループが出来、私もその中に入れてもらった。中にレベルの高いコがいたのであるが、「年上」「お姉さん」という言葉が、私を縛りつけてしまったのである。
私もあの時は迷った。隣の女子大生と張り合うか、それとも年上の女として超然としているか……。そして私は後者を選んだのである。そうそう、早稲田の男のコとデイトしたことを思い出す。彼は自分の学校の演劇部がやっている公演に誘ってくれたのだ。
「こんなオバさんとごめんね」
私はしきりに謝った。
「クラスメイトもいっぱい来るんでしょう。もしあの女、誰、って聞かれたら親戚《しんせき》のオバさんって言うのよ」
今思うと三つぐらいの差である。三つ、三つよ。なぜあんなに卑屈になっていたのであろうかと今でも悔やまれる。
つまり何を言いたいかと言うとだな、年下の男のコたちに対し、年上の女はこう振るまわなきゃいけないのだ。
「私って一応年上だし、あなたたちとは別のステージで生きてるの。あなたたちがかなわないような、いい男がいっぱいひしめいてるとこよ。でもね、私って魅力的でしょう。あなたたち頑張って、近寄ってくるのは仕方ないわ。その時は私も考えてもいいのよ」
というアピールを、たえず流し続けなくてはいけないのだ。プライドを持ち、泰然としているようでありながら、どこかで隙を見せる。聖子はこれをちゃんとやってのけた。
だけどSMAPを後ろに従えて歌うなんていいな、いいな。カラオケで一回これをやれたら死んでもいい……。なんて、いけない。ついプライドを捨ててしまう私。