魔性の女のトラウマ
最近、某出版社のナカセと仲がよい。女性であるから本来はナカセさんと呼ぶべきであろうが、まわりの人は皆、ナカセと呼び捨てである。四年ぐらい前、暮れの忘年会をしようという時、誰かが、
「ハヤシさん、�大助花子�の花子にそっくりのおもしろい女がいるから、呼びましょうよ」
と連れてきたのである。確かに�大助花子�の花子にそっくりであるが、不二家のペコちゃんにもよく似ている。とにかくよく飲み、よく喋《しやべ》る。ひとりでつっ込み、ひとりでボケるというワンマン漫才をやり、皆を笑いの渦に巻き込む。そして酔っぱらった揚げ句、男の人の首を絞めるという技にもおよんだ。
こういうことは本人がものすごく頭がよく、かつチャーミングでなくては許されないことである。ナカセが可愛くて大変な人気者であることは認めるが、まあ三枚目であることは間違いない。が、彼女は私の知っている中でいちばんモテる女性なのである。よく勘違いしている女が多いが、宴会要員として面白がられるのと、本当に口説かれるのとは人種が違う。なんとナカセは、後者の方だったのである!
うんと若い時に結婚し、離婚している(相手はもの凄《すご》いハンサムだったそうだ)。その後も恋愛を繰り返し、今は十九歳年上の某有名作家と同棲《どうせい》中である。
私の知っている限り、女の編集者と作家の組み合わせというのは非常に少ない。男の作家はおミズ系、ちょっと売れている人は芸能人などが相手にしてくれるため、わざわざめんどくさい仕事仲間に手を出したりはしないものだ。女の編集者は、せいぜいが遊び相手にされるのが関の山だ。ところがナカセは、ハードボイルド系の、酸いも甘いも噛《か》み分けた渋い男の心をとりこにしたのである。もう相手は彼女にメロメロのようだ。これが並の女に出来ることであろうか。我々は敵意を込めてナカセのことを、
「魔性の女」
と呼び讃《たた》えているのである。
ここまで読んで、お気づきの方もいるであろう。そお、彼女こそ『美女入門』(PART1)に登場した、西麻布《にしあざぶ》でキスをした三枚目の女である。私があれを書いた後、まわりで大反響があった。すぐにみんな、ナカセと気づいたようなのである。私は彼女に聞いた。
「ねえ、西麻布で初めて今の彼とキスしたそうだけど、あれってさ、交差点の焼肉屋『十々《じゆうじゆう》』の前でしょう」
「ハヤシさんって、ひどい」
彼女は、ほっぺたをふくらませた。こういう時は、ペコちゃんそっくりになる。
「私たちがキスをしたのは、焼肉屋の前じゃなくて『中国飯店』の前です!」
失礼しました。ところでつい先日のこと、このナカセが仲立ちしてくれて、私は「ビッグコミックスピリッツ」の「おごってジャンケン隊」に出ることになった。マンガ家の現代洋子《げんだいようこ》さんと一緒に食事をし、その後は皆でジャンケンをする。そして負けた人が払うという人気連載だ。この一部始終は、現代さんが漫画にしてくれる。
当日レストランに行って、驚いた。ナカセは胸もあらわなワンピースを着ているじゃないか。くっきりと�Y�の字が出来ている。
「だって漫画に描いてもらう時、私の豊満なこの胸をちゃんと入れてもらいたいんだもん」
おい、おい、主役は私だよ……。
皆で大いに食べ、大いに飲んでいる時、ナカセがしみじみと言った。
「あのね、女の子のメンタリティって、十五歳の時、どういうポジションにいたかで決まってしまうんですって」
どれだけ可愛いか、どれだけモテたか、どれだけクラスの中心にいたかで、彼女のその後の女としての一生は決まってしまうんだそうだ。
「大人になってどんなにモテたって、そのトラウマを癒《いや》すことは出来ないんですよねぇ……」
おい、おい、悲しい話じゃないか、泣けてくる。実はこの私も、つい先日ある男の人からズバリこう言われて傷ついたばかりだ。
「ハヤシさんって、子どもの頃モテなかったでしょう」
「どうして、そんなこと言うんですか」
キッとなる私。
「だって、ハヤシさんの気の遣い方とか、人との接し方見てるとすぐにわかりますよ」
ぐっ、ぐっ、口惜《くや》しい。確かに私の十五歳というとモテませんでした。いくら大人になってモテ出したといっても(?)、過去を塗り替えることは出来ないのね。
「いいえ、そんなことはない。この世の中、言ったもんが勝ちですからね」
とナカセ。
「死人に口なし、じゃなかった、田舎者に口なしですよ。ハヤシさんは子どもの時から自分はモテまくったと書けばいいんです。山梨の同級生が、田舎でどーたらこーたら文句言ったって、どうせ東京までは届きゃしないんですよ」
なるほどと思ったが、もう遅いような気もする。が、ひょっとすると現在�魔性の女�ナカセも、心にトラウマを持っているのではないかとふと思った。