秋も深くなった。今年の秋こそは、シックでファッショナブルな女性になりたいと思う私である。
秋には強い味方がある。パリで買った最新のモードの数々だ。プラダやセリーヌでスーツやセーターを揃えたのである。特に気に入っているのは、セリーヌのツイードのスーツだ。一見普通のスーツなのであるが、襟のあたりがレトロっぽくてとても可愛い。どこへ着て行っても誉められる。
うんと好きになると、そればっかり着るというのは私の悪い癖である。その夜私は、かのタイユバン・ロブションで夕食の誘いを受けていた。そお、恵比寿ガーデンプレイスにある、超豪華なフレンチレストランである。大きなお屋敷自体がレストランになっている。それはそれは素敵なところだ。
昼間、ちょっとした用事があったために、そのツイードのスーツでレストランに直行した。黒服の男の人に迎えられ、扉を開けてもらったとたん、私はしまったと思った。ツイードで来たのは、あきらかに失敗だったのである。
いくらセリーヌのスーツに、エルメスのケリーを持っていようと、ツイードという服自体が昼間のものなのだ。もう一人、女友だちがやってきたが、おしゃれな彼女は白いシルクウールのスーツを着ていた。シャンデリアの光に映えてとても綺麗《きれい》。私は�しまった�と思い、食事の間もそわそわと落ち着かなかった。男の人はスーツ、もう一人は蝶《ちよう》ネクタイとかなりきちんとした格好だったので、なおさら立場がなかった。
ついこのあいだまで、あんまりフォーマルな格好をするのはハズカシイ、という気持ちが強かった私。だからオペラだろうと、パーティだろうと、ちょっとカジュアルダウンさせ、それの方がずっとカッコいいと思っていた。
が、それはとても間違っているのだ、ということに最近気づいた。T・P・Oというよりも、光の問題である。夜、フォーマルなところへ行くと照明が凝っている。シャンデリアじゃなくても、綺麗な明かりがついているはずだ。ツイードやコットン、といった生地になるとそういう明かりの下では、とてもビンボーったらしく見える。絹やラメの光沢というのは、照明の光を受けてとても女の人を美しく見せるものね。
タイユバン・ロブションの隣りのテーブルには、キレイな女のコが二人、ソワレでドレスアップして座っていた。モデルかなあ、と思うぐらいの美形であったが、男の人なしで友人の誕生日を祝おうということらしい。こういう美人が二人、うんと綺麗に着飾って、しかも女だけというのは最高に親切にしてくれる。お店の人たちが、バースデイケーキを運んで祝っていたっけ。
もちろん、こういう豪華レストランでも、普通の格好している人たちは何人もいる。いかにも会社帰りといった服装の人たちも、多かった。が、そういう女性たちが、ソワレ姿の人たちに比べて、ちょっとカッコ悪く見えた。今は、そういう時代なんだ。
そして次の日は、パークハイアットでサロンコンサートがあった。有名なソプラノ歌手が来日して、たった数十人の観客のために歌うのだ。カクテルパーティもある。
昨夜の失敗を繰り返すまいと、私はクローゼットの中からとにかく�ヒカリもの�を探した。このあいだのバーゲンで買ったダナキャランの黒いスカート。これはタフタで出来ていて、ちょっと長め。中に綿が入っていてふんわりとふくらんでいる。これにビロウドのTシャツを着て、四年前に買った黒ラメのカーディガンを組み合わせた。後はラメのショール、フェンディの黒ラメのハンドバッグと、全身それっぽくコーディネイトしてみた。
私は宝石をほとんど持っていないのであるが、ずっと昔、夫から貰《もら》ったエンゲージリングでもしましょう。これはヴァン・クリーフの、とてもシンプルなダイヤなのよ。
私は最近、とても照明ということを考える。なぜならば、女の顔をよく見せるか、悪く見せるかというのも、店の照明ひとつなのである。私が時々行く青山のイタリアンレストランは、このへんがよく考慮されていて、上からの照明をいったん白い布でおおっている。オーナーに聞いたところ、
「うちはデイトに使うお客さんが多いから、うんと照明には工夫した」
ということであった。先日、女友だちと二人向かい合って座ったが、
「ちょっとォ、今日はどうしたのよォ」
と聞きたいぐらい美人に見えたのである。
が、油断は出来ない。この店は一階だからいいが、エレベーターを使うレストランだと、乗ったとたん、今までのいい雰囲気がいっぺんに醒《さ》めるということがよくある。白々とした蛍光灯の下、食事の後のちょっと化粧がはがれた顔なんか、見られたらたまらんわい。
昔デイトに使ったが、神宮前の超ファッショナブルなリストランテ「マニン」では、エレベーターの中は小さなピンライトひとつ、恋人たちが自然にキスするように設計されていた。
そうよお、頭のいい女は明かりを制す。夜はヒカリもんを動員させ、エレベーターの照明にも気を遣う。そういうコトは、昼ではなく夜起こるんだもの。頑張らなくちゃ。