ベッドは語る
私の友人が引っ越しをして、前よりも多少広いマンションに移った。私はまだ見てないが、アルフレックスのダブルベッドを買ったそうだ。
「独身なのに、どうしてダブルが必要なの」
私は、うんと意地悪く尋ねた。
「前のマンションの時もセミダブルだったけど、たいして役に立ってなかったじゃないの」
彼女はむっとしたように、こう答えた。
「何が起こってもいいように、素敵なダブルベッドを用意しておくのは、独身女のたしなみなのよッ」
アメリカの映画を見ていつも思うのは、ひとり暮らしの女のコでも、ちゃんとダブルベッドを持ち、枕が二つあることだ。それも毎朝ベッドメイキングしてある。だから何かコトがあっても大丈夫。大男の彼が突然泊まっていっても、朝もラクラク二人で眠ることが出来るのね。
そこへいくと、日本の女のコというのは、住宅事情が悪いために、若いうちはダブルベッドを置くことが出来ない。ワンルームのマンションといおうかアパートにシングルベッドを置き、そこにカバーを掛けてソファ代わりに使うというのが大半だろう。
それでもセンスのいいコは一生懸命考え、このカバーやクッションの色をカーペットに合わせたり、あるいはエスニック風にしたりするわけだ。
レギュラーの恋人ならば、ソファが突然ベッドに早変わりしてもどうということがないのだけれども、困るのは恋人候補のカレと、初めてそういうことをする夜ですね。アメリカの女のコだと、キスをしながらベッドルームへなだれ込む。そしてベッドに押し倒される(ふりをする)などという流れがうまく出来る。が、日本の女のコの場合は大変です。ソファのつもりで二人座っているんだけれども、やっぱりベッドだからおかしな雰囲気になる。なったらなったでいいけれど、今度は大急ぎでベッドカバーをはずしたり、クッションやヌイグルミを取り除かなければいけないわけですよね……。
さて私は昔から、二つのものに憧《あこが》れていた。それは猫足付きの浴槽と、天蓋《てんがい》付きのベッドである。大人になってうちを建てることがあったら、この二つは絶対に用意するのだと心に決めていた。が、猫足の浴槽はヨーロッパのホテルに泊まるたびに、かなり不便なものだということがわかってきた。掃除が大変そうだし、日本式に髪や体をざーっと洗うのがむずかしい。
ついこのあいだ、パリに行ったついでにシャンパーニュ地方へ行き、あるワインメーカーのプライベートホテルに泊まらせてもらった。ここの浴槽は花模様のじゅうたんが敷きつめられていて、そこの上に猫足浴槽が置かれている。ちょっとでも水しぶきが飛んだらどうしようかと、ずうっとおっかなびっくりだった。やっぱりあれは、たまによそで使うものである。
もうひとつの天蓋付きベッドであるが、大昔シンガポールのラッフルズホテルの名物、サマセット・モーム・スイートに初めて泊まった時は感動した。天井からの天蓋付きのベッドは、すんばらしいレースにおおわれていた。あの夜はよかったなあ。夜の闇がすっかり違うものに見えたのだ。それにあの透けるカーテンって、とってもイヤらしい心をそそりません? リゾートホテルなんて、妄想をかき立てられます。
私はうちに帰ってから頑張って、あれを再現しようとした。白い籐《とう》のセミダブルベッドを買い、両脇を通販で買ったラックではさんだ。ここから白いレースのカーテンを垂らしたのであるが、友人たちからは「ヘンなのー」と言われた。これで男の人を釣ろうとしたのであるが、男の人がひっかかる前に、飼い猫がやたらレースに爪をひっかけ、これを取り去ることになってしまった。とほほ……。
その後は、背中にいいというウォーターベッドに買い換えた。その時、一緒に買いに行った女友だちに、
「でもウォーターベッドって、あーいうことをする時に、しっかりしてないから大丈夫? じゃぶじゃぶしていても平気?」
と尋ねたところ、
「あーら、平気よォ、オホホ」
と彼女は声高く笑って、
「おとといも、うちのウォーターベッドの上でしたけど、まるっきり平気だったわよォ」
とのたまった。わりと地味な人だったのに、へーと思った記憶がある。そのウォーターベッドも引っ越しの時に処分して、今私が使っているのはドイツ製の布製のもの。昔買ったピンクのリネンがまるっきり似合わなくなったので、白いコットンのこざっぱりしたものに変えようと思っている。
ところで男友だちに聞いたところ、二間使っているような年増のキャリアウーマンのところで、ベッドルームへ移動するプロセスより、ひと間で暮らしてる女のコのベッドからクッションとヌイグルミを取り除《の》ける方がずっと楽しいそうだ。
ま、ベッドからは、女の願望や夢や、いろんなものがみんな見えるぞ。今度映画を観る時にヒロインのベッドもちゃんと見よう。アメリカの女のあれは、何と言おうか、セックスを日常的にうんと楽しもうという心意気にあふれている。