初夏に向けて、ダイエットがうまくいき始めている。何だかコワいぐらいに痩《や》せてきた私である。
が、ここで読者の方々はこう言うのではないだろうか。アンタのセリフ、もう四、五回は聞いたわよ。自分でコワいぐらい痩せたとか言うけどさ、すぐにリバウンドするんじゃないの。アンタって、夏が近づけばそれなりに頑張るけど、秋になると元に戻っちゃうじゃないの。
確かに今までの私はそうだった。が、今回私は画期的なことを始めたのである。それは今までのダイエットで、なかったことだ。
それはなにか。お金を遣って人の手を借りる、ということである。先日、親しい男友だちから電話がかかってきた。彼も、もの凄くダイエットで苦労している人である。
「ハヤシさん、僕らでも絶対に痩せられる、究極の方法が見つかったんだ!」
それは簡単な体操と、徹底した食事療法だという。
「だけど肉や油分はとることが出来るから、そんなにきつくないよ。トンカツだってご飯を食べなきゃOK」
そして週に一度、先生がやってきて体重チェックと一週間分の食事の管理をしてくれるという。
「個人レッスンは○万円かかるけど、ちゃんと痩せるから安いもんだよ」
彼はなんと二週間で五キロも痩せ、体質もすっかり変わったというのだ。
「ハヤシさんの分も頼んどいてあげたよ」
と親切だ。が、私はここでちょっと迷った。その金額がわりと高くて、
「こんな大金出しても、痩せなきゃいけないのか」
という素朴な疑問が頭をもたげたのである。痩せるなんて、ご飯を食べなきゃいいんでしょ。お金を遣わずにビンボーやってれば、痩せるわよ……。が、私は思う。そうやって自分は、痩せたことがあるんだろうか。
よし、今までの考えは全部捨てよう。根性なしは、お金と人の手を遣って痩せるしかない。この真実をちゃんと噛《か》みしめなければいけないのだ。
が、私にはもうひとつ乗り越えなくてはいけない壁がある。そお、私の体重を他人に知られてしまうことね。私のウエイトというのは誰も知らない。トップ・シークレットになっていて、夫だって知らないわ。このあいだ話していて、
「まさか、オレよりはないよなー」
と笑って聞かれたが、とっさにうつむいてしまった私。
「ええー、あんのかよー!?」
あの時の夫の顔は、かなりマジに恐怖でゆがんでいた。もしかして体重を知られれば、離婚されちゃうかもしれない。そう、夫も知らない体重を、他人に知られたくないわ。もしかすると言いふらされるんじゃないかしら。
が、怪しげなエステティックサロンや、ダイエット教室と違って、その先生のところはちゃんとしているところだ。
「VIPも多いから、ちゃんと秘密は守ってくれるよ」
と友人は言った。そして私は、週に一回先生に家に来ていただき、指導をしてもらうことになったのだ。体操も教えてもらう。最初は私の体の硬さにびっくりして、
「本当にそこまでしか曲がらないの?」
と聞かれたが、あちらも慣れたみたいだ。私の一生懸命さが伝わったのであろうか。
そしてクライマックス、体重計に乗る。先生と助手の人の前で、体重計に乗る緊張感といったらない。これがものすごく効くみたいだ。
「叱られちゃいけないと思って、言われたことは全部実行するしさ、やっぱり人に見てもらうっていうのが、今回の鍵《かぎ》だったかもね」
とテツオに言ったところ、
「そお、叱られる、っていうのはあんたの大切なキーポイントだよ」
とテツオが言う。なるほど私は気が弱く、マゾっ気がある。わりと人に従うことが出来るタイプである。今回はこれがいいように出たようだ。
さて、痩せ始めて嬉《うれ》しい悩みがある。それは洋服がまるっきり合わなくなった、ということだ。実はこの私、ダイエットを始める前日に、お店でまとめ買いをしてしまったのである。その中にはパンツ二枚とジーンズも含まれている。バカだったわ、自分で自分が信じられなかったのね……。
テツオの電話は続く。
「あのさ、あんたが最近お気に入りのジル・サンダー、今度どこかに吸収されちゃうっていう噂があるんだよ」
「そうなのよ、これから私、何、着たらいいと思う? グッチかな、プラダかな。いっそのことゴージャス路線で、アルマーニかシャネルにしようかしら」
こんなエラそうな相談が出来るのも、痩せたせいよね。しかし彼は、
「『ギンザ』でも読んで、自分で研究したら」
と冷たく言った。