一五 オクナイサマを祭れば幸多し。土淵村大字柏《かしは》崎《ざき》の長者阿部氏、村にては田《たん》圃《ぼ》の家といふ。この家にてある年田植の人手足らず、明日は空も怪しきに、わづかばかりの田を植ゑ残すことかなどつぶやきてありしに、ふと何方よりともなく丈低き小僧一人来たりて、おのれも手伝ひ申さんと言ふに任せて働かせておきしに、午飯時に飯を食はせんとて尋ねたれど見えず。やがて再び帰り来て終日、代《しろ》を掻きよく働きてくれしかば、その日に植ゑはてたり。どこの人かは知らぬが、晩には来て物を食ひたまへと誘ひしが、日暮れてまたその影見えず。家に帰りて見れば、縁側に小さき泥の足跡あまたありて、だんだんに座敷に入り、オクナイサマの神棚の所に止まりてありしかば、さてはと思ひてその扉を開き見れば、神像の腰より下は田の泥にまみれていませし由。