一七 旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず。この神は多くは十二、三ばかりの童児なり。をりをり人に姿を見することあり。土淵村大字飯《いひ》豊《で》の今淵勘十郎といふ人の家にては、近き頃高等女学校にゐる娘の休暇にて帰りてありしが、ある日廊下にてはたとザシキワラシに行き逢ひ大いに驚きしことあり。これはまさしく男の児なりき。同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物をしてをりしに、次の間にて紙のがさがさといふ音あり。この室は家の主人の部屋にて、その時は東京に行き不在の折なれば、怪しと思ひて板戸を開き見るに何の影もなし。暫時の間坐りてをればやがてまたしきりに鼻を鳴らす音あり。さては座敷ワラシなりけりと思へり。この家にも座敷ワラシ住めりといふこと、久しき以前よりの沙汰なりき。この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり。