三七 境《さかひ》木《げ》峠《たうげ》と和《わ》山《やま》峠《たうげ》との間にて、昔は駄賃馬を追ふ者、しばしば狼に逢ひたりき。馬方等は夜行にはたいてい十人ばかりも群れをなし、その一人が牽く馬は一《ひと》端《は》綱《づな》とてたいてい五、六七匹までなれば、常に四、五十匹の馬の数なり。ある時二、三百ばかりの狼追ひ来たり、その足音山もどよむばかりなれば、あまりの恐ろしさに馬も人も一所に集まりて、そのめぐりに火を焼きてこれを防ぎたり。されどなほその火を躍り越えて入り来たるにより、つひには馬の綱を解きこれを張り回らせしに、穽《おとしあな》などなりとや思ひけん、それより後は中に飛び入らず。遠くより取り囲みて夜の明けるまで吠えてありきとぞ。