四二 六《ろつ》角《こ》牛《うし》山の麓にヲバヤ、板小屋などいふ所あり。広き萱山なり。村々より苅りに行く。ある年の秋飯《いひ》豊《で》村の者ども萱を苅るとて、岩穴の中より狼の子三匹を見出し、その二つを殺し一つを持ち帰りしに、その日より狼の飯《いひ》豊《で》衆《し》の馬を襲ふことやまず。外の村々の人馬にはいささかも害をなさず。飯豊衆相談して狼狩りをなす。その中には相撲を取り平生力自慢の者あり。さて野にいでて見るに、雄の狼は遠くにをりて来たらず。雌狼一つ鉄といふ男に飛びかかりたるを、ワツポロ(上張り)を脱ぎて腕に巻き、やにはにその狼の口の中に突込みしに、狼これを噛む。なほ強く突き入れながら人を喚《よ》ぶに、誰も誰も怖れて近よらず。その間に鉄の腕は狼の腹まで入り、狼は苦しまぎれに鉄の腕骨を噛み砕きたり。狼はその場にて死したれども、鉄も担がれて帰り程なく死したり。