四三 一昨年の遠野新聞にもこの記事を載せたり。上郷村の熊といふ男、友人と共に雪の日に六角牛に狩りに行き谷深く入りしに、熊の足跡を見いでたれば、手分けしてその跡を覓《もと》め、自分は峰の方を行きしに、とある岩の陰より大なる熊こちらを見る。矢頃あまりに近かりしかば、銃をすてて熊に抱へ付き雪の上を転びて、谷へ下る。連れの男これを救はんと思へども力及ばず。やがて谷川に落ち入りて、人の熊下になり水に沈みたりしかば、その隙《ひま》に獣の熊を打ち取りぬ。水にも溺《おぼ》れず、爪の傷は数か所受けたれども命にさはることはなかりき。