一〇〇 船越の漁夫何某、ある日仲間の者と共に吉《き》利《り》吉《き》里《り》より帰るとて、夜深く四十八坂のあたりを通りしに、小川のある所にて一人の女に逢ふ。見ればわが妻なり。されどもかかる夜中にひとりこの辺に来べき道理なければ、必定化物ならんと思ひ定め、やにはに魚切り庖丁を持ちて後の方より差し通したれば、悲しき声を立てて死したり。しばらくの間は正体を現はさざればさすがに心にかかり、後の事を連れの者に頼み、おのれは馳せて家に帰りしに、妻は事もなく家に待ちてあり。今恐ろしき夢を見たり。あまり帰りの遅ければ夢に途中まで見に出でたるに、山路にて何とも知れぬ者に脅かされて、命を取らるると思ひて目覚めたりといふ。さてはと合点して再び以前の場所へ引き返して見れば、山にて殺したりし女は連れの者が見てをるうちにつひに一匹の狐となりたりといへり。夢の野山を行くにこの獣の身を傭ふことありとみゆ。