一〇二 正月十五日の晩を小正月といふ。宵のほどは子供ら福の神と称して四、五人群れを作り、袋を持ちて人の家に行き、明けの方から福の神が舞ひ込んだと唱へて餅をもらふ習慣あり。宵を過ぐればこの晩に限り人々けっして戸の外に出づることなし。小正月の夜半過ぎは山の神出でて遊ぶと言ひ伝へてあればなり。山口の字丸《まる》古《こ》立《だち》におまさといふ今三十五、六の女、まだ十二、三の年のことなり。いかなるわけにてかただ一人にて福の神に出で、処々をあるきて遅くなり、淋しき路を帰りしに、向かふの方より丈の高き男来てすれちがひたり。顔はすてきに赤く眼はかがやけり。袋を捨てて逃げ帰り大いに煩ひたりといへり。