一一〇 ゴンゲサマといふは、神楽《かぐら》舞《ま》ひの組ごとに一つづつ備はれる木彫の像にして、獅子頭とよく似て少しく異なれり。はなはだ御利生のあるものなり。新《にひ》張《ばり》の八幡社の神楽組のゴンゲサマと、土淵村字五日市の神楽組ゴンゲサマと、かつて途中にて争ひをなせしことあり。新張のゴンゲサマ負けて片耳を失ひたりとて今もなし。毎年村々を舞ひてあるくゆゑ、これを見知らぬ者なし。ゴンゲサマの霊験はことに火伏せにあり。右の八幡の神楽組かつて附馬牛村に行きて日暮れ宿を取りかねしに、ある貧しき者の家にて快くこれを泊めて、五升桝を伏せてその上にゴンゲサマを据ゑ置き、人々は臥したりしに、夜中にがつがつと物を噛《か》む音のするに驚きて起きて見れば、軒端に火の燃え付きてありしを、桝の上なるゴンゲサマ飛び上がり飛び上がりして火を喰ひ消してありしなりと。子供の頭を病む者など、よくゴンゲサマを頼み、その病を齧《か》みてもらふことあり。