二〇 昔栗《くり》林《べえし》村の太田に大きな杉の木があった。その名を一の権現といって、五里も離れた笛吹峠の上から、見えるほどの大木であった。ある年わけがあってその木を伐り倒すことになったが、朝から晩まで挽《ひ》いても鋸屑が一夜のうちに元通りにくっついて、幾日かかっても挽き切ることができなかった。ところがある夜の夢に、せの木という樹がやって来て、あの切り屑を毎晩焼き棄ててしまったら、すぐに伐り倒せると教えてくれた。次の日からその通りにすると、はたして大杉は倒されてしまった。しかし多くの樹木は仲間の権現が、せの木のために殺されたといって、それからはせの木と付合いをしないことにした