五六 遠野町の政吉爺という老人は、元は小友村字山室で育った人である。八、九歳の頃、村の鎮守篠《ささ》権《ごん》現《げん》の境内で、遊び友達と隠れガッコに夢中になっているうちに、中堂の姥《うば》神様の像の背後《うしろ》に入り込んだまま、いつの間にか眠ってしまった。すると、これやこれや起きろという声がするので目を醒《さ》まして見ると、あたりはすっかり、暗くなっており、自分は窮屈な姥神様の背中に凭《もた》れていた。呼び起こしてくれたのは、この姥神様なのであった。外へ出ようと思っても、いつの間にか別当殿が錠を下ろしていったものとみえ、扉が開かないので、しかたなしにそこの円柱に凭れて眠りかけると、また姥神様が、これこれ起きろと起こしてくれるのであったが、疲れているので眼を明けていられなかった。こうして三度も姥神様に呼び起こされた。その時、家の者や村の人たちが多勢で探しに来たのに見つけられて、家に連れ帰られたという。この姥神様は疱《ほう》瘡《そう》の神様で、丈《たけ》三尺ばかりの姥の姿をした木像であった。