六五 野州古《こ》峰《ぶが》原《はら》は火《ひ》防《ぶせ》神としてはなはだ名高いので、遠野地方にも信心をする人が多い。この神様は非常に山芋がお好きということで、いつも講中の者は競うて山の長芋を献上する。その献上の仕方はただ自分の家の屋根の上へ、古峰原の神様に上げますと唱えて芋を置くと、その次の朝はもう見えない。そうして後になって、その神社から礼状が来るのである。ある時上郷村の某という者、講中に加わって野州の本社に参拝し、自分が長芋を持参せぬのをばつが悪く思って、実は宅のホラマエに置いて忘れてきましたと偽りを言った。そうすると社務所では、そんな事は気にかけるに及ばぬ、すぐに人をやって取り寄せようからと言うので、内心何となく不安を感じて寝た。そうすると翌朝神社の人が言うには、昨夜人を出して御宅のホラマエを探させたけれども、誰かの悪戯《いたずら》か長芋は見えなかった。それでそのしるしに少々見せしめをしてきたということである。以後は気をつけられるようにとの話なので、すぐに村へ返ってみると、ちょうどその晩に家の小屋が焼けていたという。土淵村の小笠原某という家でも、この神に祈願があって長芋を献上したが、太く見事な芋を家の食用に取っておいて、細いものばかりを屋根へ上げたところが、やがて火事が起こって家が焼けてしまった。当時これを見た者は皆この話をした。今から十二、三年前のことである。