七一 この地方で三《みつ》峰《みね》様《さま》というのは狼の神のことである。旧仙台領の東《ひがし》磐《いわ》井《い》郡衣《ころも》川《がわ》村に祀ってある。悪事災難のあった時、それが何人かのせいであるという疑いのある場合に、それを見顕わそうとしてこの神の力を借りるのである。まず近親の者二人を衣川へやって御神体を迎えて来る。それは通例小さな箱、時としては御幣であることもある。途中は最も厳重に穢《けが》れを忌み、少しでも粗末な事をすれば祟りがあるといっている。一人が小用などの時には必ず別の者の手に渡して持たしめる。そうしてもし誤って路に倒れなどすると、狼に喰いつかれると信じている。前年栃内の和野の佐々木芳太郎という家で、何人かに綿《わた》〓《がせ》を盗まれたことがある。村内の者かという疑いがあって、村で三峰様を頼んで来て祈祷をした。その祭りは夜に入り家じゅうの燈火をことごとく消し、奥の座敷に神様をすえ申して、一人一人暗い間《ま》を通って拝みに行くのである。集まった者の中に始めから血色が悪く、合わせた手や顔を顫《ふる》わせている婦人があった。やがて御詣りの時刻が来ても、この女だけは怖がって奥座敷へ行きえなかった。強いて皆から叱り励まされて、立って行こうとして、膝がふるえ、打ち倒れて血を吐いた。女の供えた餠にも生血がついた。験はもう十分に見えたといってその女は罪を被せられた。表向きにはしたくないから品物があるならば出せと責められて、その夜の中に女は盗んだ物を持って来て村の人の前に差し出した。