一一三 綾織村から宮守村に越える路に小《こ》峠《とうげ》という処がある。その傍の笠の通《かよう》という山にキャシャというものがいて、死人を掘り起こしてはどこかへ運んで行って喰うと伝えている。また、葬式の際に棺を襲うともいい、その記事が遠野古事記にも出ている。その恠物であろう。笠の通《かよう》の付近で怪しい女の出て歩くのを見た人が、幾人もある。その女は前帯に赤い巾《きん》著《ちやく》を結び下げているということである。宮守村の某という老人、若い時にこの女と行き逢ったことがある。かねてから聞いていたように、巾著をつけた女であったから、生け捕って手柄にしようと思い、組打ちをして揉み合っているうちに手足が痺《しび》れ出して動かなくなり、ついに取り逃がしてしまったそうな。