一二二 このタイマグラの河《かつ》内《ち》に、巨岩でできた絶壁があって、そこに昔安倍貞任の隠れ家があったといい、これを安倍が城とも呼んでいた。下から眺めるとすぐ行けそうに見えるが、実は岩がきつくて、特別の路を知らぬ者には行くことができぬ。その路を知っている者は、小国村にも某という爺様一人しかいない。土淵村の友蔵という男は、この爺様に連れられて城まで行ったことがあるそうな。その時もすぐ近くに見えている城までなかなか行けなくて、小半日かかってようやく行きついた。城の中は大石を立て並べて造った室で、貞任の使ったという石の鍋《なべ》、椀《わん》、庖丁や石棒等があった。昔は雨の降る時など、この城の門を締める音が遠く人里まで聞こえたものだそうだが、その石の扉は先年の大暴風の時に吹き落とされて、岩壁から五、六間下に倒れていたという話である。