一二一 土淵村の鉄蔵という男の話に、早池峰山の小国村向きにあるタイマグラという沢には不思議なことばかりあるという。下村の某という男がいわな釣りに行ったところが、山奥の岩《がん》窟《くつ》の蔭に、赤い顔をした翁《おきな》と若い娘とがいた。いずれも見慣れぬ風俗の人たちであったそうである。このタイマグラの土地には、谷川を挟んで石垣の畳を廻《めぐ》らした人の住居のようなものが幾か所も並んである。形は円形に近く、広さは二間四方ばかりあって、三尺ほどの入口も開《あ》いている。昔は人が住んでいたのであろうといわれ、今でもどこかで鶏の声がするという。この話をした鉄蔵も、魚を釣りながら耳を澄ましていたら、つい近くで、本当に朗らかな鶏の鳴き声がはっきりと聞こえたそうである。これはもう十年近くも前の話であった。