一五五 先年佐々木君の友人の母が病気にかかった時、医師がモルヒネの量を誤って注射したため、十時間近い間仮死の状態でいた。午後の九時頃に息が絶えて、五体も冷たくなったが、翌日の明け方には呼吸を吹き返し、それが奇跡のようであった。その間のことをみずから語って言うには、自分は体がひどくだるくて、歩く我慢もなかったが、向こうに美しい処があるように思われたので、早くそこへ行きつきたいと思い、松並木の広い道を急いで歩いていた。すると後の方からお前たちの呼ぶ声がするので、なんたら心ない人たちだと思ったが、だんだん呼び声が近づいて、とうとう耳の側に来て呼ぶので仕方なしに戻って来た。引き返すのがたいへんいやな気持がしたと。その人は今では達者になっている。