一七〇 ノリコシという化け物は影法師のようなものだそうな。最初は見る人の目の前に小さな坊主頭となって現われるが、はっきりしないのでよく見ると、そのたびにめきめきと丈《たけ》がのびて、ついに見上げるまでに大きくなるのだそうである。だからノリコシが現われた時には、最初に頭の方から見始めて、だんだんに下へ見下してゆけば消えてしまうものだといわれている。土淵村の権蔵という鍛冶屋が師匠の所へ徒弟に行っていた頃、ある夜遅くよそから帰って来ると、家の中では師匠の女房が燈を明るくともして縫物をしている様子であった。それを障子の外で一人の男が隙見をしている。誰であろうかと近寄って行くと、その男はだんだんに後ずさりをして、雨打ち石のあたりまで退いた。そうして急に丈がするすると高くなり、とうとう屋根を乗り越して、蔭の方へ消え去ったという。