一八六 これは宮古の在の話であるが、山の中に五軒ほどある部落に婚礼のある晩、大屋の旦那が宮古へ行って、まだ帰って来ぬために式を挙げることができず、迎えに迎えを出して夜の更けるまで待ちあぐんでいたところ、不意に家に飼っている二疋の犬が吠え立てたと思うと、戸を蹴破るようにしてその大屋の旦那様がはいって来た。すぐと膳部を配り盃を廻し始めると、旦那はまるで何かのように大急ぎで御馳走を乱し食うて、おれはこうしてはいられない。明日はまた宮古に山林の取引きがあるから、これから行くと言って立ちかけた。まだ式も済まぬ前といい、いかにも先刻からの様子が変だと思っていた人々は、互いに目くばせをしてそんだらばと、表へ送り出すやいなや犬をけしかけた。すると旦那は驚いて床下に逃げ込む。それやというので若者たちは床板をへがし、近所の犬も連れて来てせがすと、とうとう犬どもに咬み殺されて引きずり出された。見れば大きな狸《たぬき》であった。その騒ぎのうちに本物の大屋の旦那様も帰って来て、めでたく婚礼は済んだという。今から二十年ほど前の話である。