一九一 附馬牛村字張《はる》山《やま》の某という家では、娘が死んでから毎夜座敷に来てならなかった。初めは影のようなものが障子に映ると、座敷に寝ている人々はいっせいにうなされる。それが毎晩続くのでたぶん狐の仕業であろうということになり、村の若い者が来て張り番をしていたが、やはり淋しくてその時刻になると、皆たまらなくなって逃げ帰った。隣に住んでいる兄が、あまりにも不思議でもあるし、また真実死んだ妹の幽霊なら逢ってもみたいと思ってある夜物陰に忍んで様子を窺うていると、はたして奥座敷の床の間つきの障子に、さっと影が映った。そら来たと思ってよく見ると、これも一疋の大狐が障子にくっついて内の様子を見ているのであった。そこにあった藁打槌を手に持ち、縁の下を匍《は》って行っていきなりその狐の背を撲《う》ちのめすと、殺す気であったが狐は逃げ出した。それでもよほど痛かったと見えて、びっこを引き、歩みもよほど遅かった。追いかけてみたが後の山にはいって見えなくなり、それに夜だからあきらめて帰って来た。その後幽霊は来ずまたこの男にも祟りもなかったそうである。