一九四 遠野の六日町の外川某の祖父は、号を仕候といって画を善く描く老人であった。毎朝散歩をするのが好きであったが、ある日早くこの多賀神社の前を通ると、大きな下《げ》駄《た》が路に落ちていた。老人はここに悪い狐がいることを知っているので、すぐにははあと思った。そうしてそんなめぐせえ下駄なんかはいらぬが、これが大きな筆だったらなあといったら、たちまちその下駄がみごとな筆になったそうである。老人は、ああ立派だ。こんな筆で画をかいたらなあといって、さっさとそこを去ったという。またある朝も同じ人がここを通ると、社の前の老松が大きな立派な筆になっていたという。近年までもその松はあった。この神社の鳥居脇には一本の五葉の松の古木があったが、これも時々美しいお姫様に化けるという話があった。