一九七 佐々木君の友人の一人が遠野の中学校の生徒の時、春の日の午後に町へ出て牛肉を買い、竹の皮包みを下げて鍋倉山の麓《ふもと》、中学校の裏手の細道に来かかると、路傍にかわいい一疋の小兎がぴょんぴょんと跳ねていた。不思議に思って立ち止まって見ると、しきりに自分の下げている包みへ手をのばすので、まずその包みをしかと懐へ入れてから兎を見ていた。すると兎はやがて後足で立ち上がり、またいつの間にか小娘のする赤い前垂をしめ、白い手拭をかぶって踊りを踊っている。それがあたりの樹の枝の上に乗っているように見えたり、またそうかと思うとすぐ眼の前にいるように見えたりしたそうである。そうしてしまいには猫のようになって、だんだんと遠くに行って姿が消えてしまった。これも狐であったろうと言っている。