二一四 小国村又《まつ》角《かく》の奥太郎という男が、遠野町へ行った帰りに、立丸峠まで来るとちょうど日が暮れた。道は木立ちの中であるからいっそう暗くて、歩けないほどになった。その時向こうから何物かやって来てどんと体に突き当たった。最初は不意を食って倒れたが、起き上がって二、三歩行くと、またどっと来て突き当たったから、今度はそいつをしっかり抱き締めたまま、小一里離れた新田という村屋まで行って、知合いの家を起こして、燈火のあかりで見ると、大きな狼であったから打ち殺したという。明治二十年頃の出来事である。