二一三 明治の初め頃であったかに、土淵村字栃内の西内の者が兄弟二人して二頭の飼い馬を連れ、駒木境の山に萱苅りに行くと、不意に二疋の狼が出て来た。馬の荷鞍にさしておいた鎌を抜き取る暇もなく、弟はとっさに枯れ柴を道から拾ってこの二匹の狼を相手に立ち向かった。兄はその隙に三頭の馬を引き纏め、そのうちの一頭に乗って家まで逃げ帰った。たとえ逃げ帰っても、家族の者や村人に早くこのことを知らせたならば、弟のほうもあるいは助かったかも知れぬが、どういうわけがあったのか、兄は人に告げることをしなかったので、たった十五とかにしかならぬその弟は、深傷を負って虫の息になり、夕方家に帰って来た。そうして縁側に手をかけるとそのまま息が絶えたということである。