二一六 佐々木君の幼少の頃、近所に犬を飼っている家が二軒あった。一方は小さくて力も弱い犬であったが、今一方の貧乏な家で飼っていたのは体も大きく力も強かった。近所の熊野ノ森に死《そ》馬《ま》などが棄ててあると、村の子どもが集まってそれを食ったが、この小犬は他を怖れてそこに行くことができないで、わが家の軒からうらやましそうに遠吠えをしているばかりである。これを大犬が憐んで、常にその肉を食い取ってくわえて来ては与え、小犬も喜んでそれをもらって食った。しかしこの大犬を飼っていた家は、もともと貧しかったから犬の食事も充分にあてがわれなくて、平常腹をへらしていることが多い。小犬はそれを知っていて、毎日自分に与えられる食事をしこたま腹の中に詰めこんで来ては、大犬の傍でそれを吐き出して食わせていた。一度食った飯であるから、人が見ては汚くてならないが、大犬は喜んで食べた。じない(いじらしい)ことだと言って、村じゅうの者が話の種にしたという。