二三六 昭和二年一月二十四日の朝九時頃には、この地方を始めて飛行機が飛んだ。飛行機は美しく晴れた空を六角牛山の方から現われて、土淵村の空を横切り、早池峰山の方角に去った。村人のうちには飛行機を見たことはもちろん、聞いたこともない者が多かったから、プロペラの音が空に響くのを聞いて動転した。佐々木君かねて飛行機について見聞していたので、村の道を飛行機だ、飛行機だと叫んで走ると、家々から驚いた嫁娘らが大勢駈け出し、どこか、どこかとこれもあわてて走り歩いた。そのうちに飛行機は機体を陽に光らせて山蔭に隠れたまま見えなくなったが、爆音はなおしばらく聞え、人々は何か気の抜けたようになって、物を言うこともしなかった。また同じ年の八月五日にも、一台の飛行機が低く小烏瀬川に沿って飛び去った。その時は折柄の豪雨であったからたいていの人は見ずにしまったという。