二九六 五月五日は薄《すすき》餠《もち》を作る。薄餠というのは、薄の新しい葉を刈って来て、それに搗《つ》き立ての水切り餠を包んだもので、餅が乾かぬうちに食べると、草の移り香がして、なんとも言えぬ風味がある。薄餠の由来として語り伝えられている話に、昔ある所にたいそう仲のよい夫婦の者がいた。夫は妻が織った機を売りに遠い国へ行って幾日も幾日も帰って来なかった。その留守に近所の若者共が、この女房の機を織っている傍へ来て覗き見をしては、うるさいことをいろいろしたので、女房はたまりかねて前の川に身を投げて死んでしまった。ちょうど旅から夫が帰って来てこの有様を見ると、女房の屍に取りすがって夜昼泣き悲しんでいたが、後にその肉を薄の葉に包んで持ち帰って餠にして食べた。これが五月節句に薄餠を作って食べるようになった始めであったという。この話は先年の五月節句の日、佐々木君の老母がその孫たちに語り聞かせるのを聞いて、同君が憶えていたものである。