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落語百選89

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:弥次郎《やじろう》「ご隠居さん、どうもごぶさたで」「おや弥次郎さんじゃないか。どっかへ出かけてたのかい。だいぶ見えなかっ
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弥次郎《やじろう》

「ご隠居さん、どうもごぶさたで……」
「おや弥次郎さんじゃないか。どっかへ出かけてたのかい。だいぶ見えなかったようだが」
「へえ、ちょいと旅をしていました」
「どこへ行ってたんだい?」
「北海道へ行きました」
「ふーん、たいへん遠いところへ行ったな……いい景色のところがあったろうな」
「景色なんかこちとら、どうってことはありませんがね、寒いのにはおどろきました」
「そうだろうな」
「寒いの寒くねえのって、船に乗ってるうちはそんなに寒くありませんが、陸へ上がって歩き出しているうちに、自然と身体《からだ》が硬くなっちまって、凍っちまうんですから……それから宿へ着いて、風呂場へ行って、風呂桶の蓋《ふた》をとってみると、いくら寒くても湯は熱うございます」
「あたりまえだ」
「熱いからうめてもらってるうちに、流し[#「流し」に傍点]へ足が凍りついてしまいました」
「よせよ、ばかばかしい」
「それから湯から上がって、二階へ来る、また、すぐに寒くなっちまう」
「そうだろう」
「寒いから、お茶でも飲んで暖まろうとおもって、お茶を頼むと、女中がお茶を持ってきて、お茶をお噛《かじ》りなさいと言う」
「おい、冗談じゃないよ。お茶を噛るやつがあるかい」
「そうでしょう。変だとおもったから、湯飲み茶碗のなかをよく見ると、なるほどお茶が凍ってやがる」
「だって、おまえ、お茶というものは湯だよ」
「それが下じゃあ湯だったのが、二階へ持ってくるうちに凍っちまった」
「いいかげんなことを言うなよ」
「いえ、まったくそうなんで……あくる朝、朝めしに生《なま》玉子が出たが、これが茹《ゆで》玉子……茹玉子じゃあないかと言うと、生玉子は、茹《ゆ》でなければ生になりません、とこう言うんです」
「なんだかわかったようなわからない話だな」
「そのうちに、雨が降ってきました。これがおどろきましたね。雨が凍って降るんだから……」
「おどろくことはない。雨が凍れば、雪や霰《あられ》になる」
「いいえ、そんなもんじゃねえんで……まるでガラスの棒ですね」
「ばかなことをお言いでない」
「まあ、こっちじゃあ雨を一粒、二粒と言うけれど、あっちへいくと一本、二本と言います」
「それじゃ、だいいち、傘がさせまい」
「それだから、向こうは紙の傘はありません」
「布かい?」
「布でも突き破ってしまうから、たいていはブリキですね」
「ブリキの傘?」
「ええ、貧乏人はブリキを使って、中くらいの人はトタンで、金持ちは赤金《あかがね》(銅)」
「それじゃまるで庇《ひさし》だよ。ばかばかしい……赤金張りの傘があるもんか」
「ほんとうですよ。けれども、その傘をさして歩くと、ガンガラン、ガンガランと音がして騒々しいものだから、向こうでは、ちょいと近所へ行くくらいのことでは傘はさしません。雨払い[#「雨払い」に傍点]という棒を持って歩きます。あたしもその棒を持って、くるくる頭の上をふり回して、筋向こうの家へ煙草《たばこ》を買いに出かけました。危ないからおよしなさいと言ったんですが、なあーに江戸っ子だ、こんなことはわけはねえと、くるくるとふり回してうまくいったんで、宿屋の番頭なんぞは手をたたいて、うまいうまいとほめやがった。ところが、帰りには、少し気がゆるんだものとみえて、受けそこなったんで、耳たぶあたりへ棘《とげ》が二本、刺さった」
「おいおい、雨の棘というやつがあるかい」
「ほんとうですよ。ぴりぴりとして痛くってしょうがねえ。すると、宿屋の女中が火箸《ひばし》で火をはさんできて、フーフー吹きつけると溶けちまった」
「ばかばかしい。棘の溶けるやつがあるかい」
「ほんとうですよ。ただおどろいたのは雪ですね」
「そうだろう。雪はたいそう降るそうじゃあないか」
「へえ、ある晩のことで、わたしがよく寝ていると、ドタッ、ドタッという音がするんで、おどろいて飛び起きて、浅間山の噴火かとおもったら……」
「なんだい、その音は?」
「一粒が、どうしても炭団《たどん》ぐらいの大きさの雪で、これが降ってきたんです」
「ばかなことを言いなさい。わたしは越後に心やすい人がいるが、どんなにどっさり降っても、積もる雪というものは、ごく細《こま》かいんだそうだ」
「それが北海道のは大きい。家の屋根の上まで積もってしまって、はじめはドタッドタッ音がするが、しまいには音もなくなる。降りはじめた時分には、土地のものは慣れているから、そのあいだをうまくくぐり抜けて歩いている。そのかわり、ひとつ大きな雪がぶつかったら、即死です。その場へぶっ倒れてしまう。これをゆき倒れ[#「ゆき倒れ」に傍点]という」
「おい、またはじまった。しかし、雪が積もっちまったら、まるでそとへ出られまい」
「ところが大ちがいで、庇《ひさし》が長くできていますから、その下を通ってどこへでも行きます」
「なるほど、おまえの話でもまんざら嘘ばかりではない。越後の人に聞いたのにも、雪の深いところには、雁木《がんぎ》といって、庇が長くできていて、ところどころに向こう側へ行く穴みたいなものが通っているというが……」
「ええ、竹の節《ふし》をぬいた樋竹《といだけ》みたいものがところどころにできています」
「なんだい、それは?」
「向こう側の人と話ができるんで……」
「なるほど」
「田舎の人はていねいだから、朝起きると、『お早うございます』『ごきげんよろしゅう』と言うやつが、あっちでも、こっちでも。ところが寒さがひどいもんだから、それがみんな竹のなかで凍っちまいます」
「おい、『お早う』が凍るやつがあるかい」
「それだから不思議なんで……『源兵衛さんお早うございます』、その声がゴチャゴチャと固まってしまう。それを細《こま》かく切って、一本いくらといって売ってます」
「そんなものを買うやつがあるもんか」
「いえ、これがなかなか使い道があるんで……女中やなんかが朝なかなか目をさまさない、客が朝|早発《はやだ》ちで出かけるときなどは、女中部屋へおいて、焙烙《ほうろく》(素焼きの土鍋)へかけておく……焙烙が十分に熱くなったところへ、凍った『お早うございます』を五、六本、放りこむと、これが溶けてくる。雪のなかで向こう側へ通そうというくらいの大声が、『お早う』『お早う』『お早う』……」
「おい、びっくりした。そんな大きな声を出すやつがあるかい。隣の家で胆《きも》をつぶさあ」
「いやあ、胆をつぶしたってえば、夜中に火事がありました」
「おう、そりゃあ、たいへんだったな」
「でもね、江戸っ子の度胸をみせるのはここだとおもうから、いきなり飛び起きて、片肌脱いだ」
「どうして片肌なんぞ脱いだんだ? その寒いのに……」
「威勢のいいところをみせて、刺青《ほりもの》でいちばんおどかしてやろうと……」
「おいおい、おまえはいつ刺青《ほりもの》なんぞしたんだい?」
「いえ、よく考えたら、あっしは刺青《ほりもの》がないので、すぐ片肌、ひっこめた」
「だらしがねえな……火事はどうした?」
「へえ、あっしは火事が好きだからね。向こうからもこっちからも、わいわいと人が出てきて、荷を担ぎ出す大騒ぎ、そのうちに、ぱっと火が動かなくなっちまった」
「そりゃあ、どうしてだい?」
「あっしも、こりゃおかしいなとおもってると、近くで見ていたやつが、『もう大丈夫でございます。今年は、いいあんばいに早く凍りましたから……』火事が凍っちまったんで……」
「ばかなこと言いなさんな、火事が凍るやつがあるかい」
「でね、あたしも気になるから、あくる朝早く起きて、火事場へ行ってみると、冷たくて寄りつけねえくらい、そこへ木挽きが来て、その火事を切って車へ積んで持って行くから、どうするんだとおもって聞いてみたら、海へ捨てに行くんだそうだ。そりゃどうももったいないので、ゆずってくれないかと言うと、ただで差しあげますって。こりゃ、しめたとおもったね」
「どうして、しめただ?」
「昔、珊瑚珠《さんごじゆ》の見世物というのが浅草の奥山にあって、たいそうはやったそうですね」
「ああ」
「それからおもいついたんですが、この火事を持ってきて見世物にしたら、ずいぶんはやるだろうとおもって……」
「なるほど……」
「それから牛を五、六匹と牛方を十人ばかり雇って、これをひき出して、海を渡って津軽から奥州とだんだん下ってきました」
「なるほど」
「ところが困ったことが起こった」
「どうした?」
「ふーっと南風が吹いてくると、牛の背中で火事が溶けはじめた」
「それはたいへんだ」
「みんなで寄ってたかって牛の背中へ水をかけたんだが、ちっとも消えない」
「どうして?」
「焼け牛(石)に水というわけで……」
「冗談じゃない。おまえの話はたいていそんなことだ」
「いや、どうも牛方がおこったのなんのって……おれたちの命の親とおもう牛をみんな焼き殺してしまったひにゃあめしの食いあげだッ、とすごい権幕だから、あたしゃもうかまわずどんどんどんどん逃げましたね」
「それでどうした?」
「どんどん逃げて、もうよかろうとふり返ってみると、そこは、めっぽう高《たけ》え山で、あとで聞くと、これは南部の恐山《おそれざん》という山なんだそうだ」
「うーん、名高い山だ」
「そのうち日はとっぷりと暮れて、月はなし、熊笹の生い繁った山道を、せめて雨露だけでも凌《しの》げるところはなかろうかと一人歩きだした」
「そりゃ難儀をしたな」
「そのうち、山里にかすかに灯火《あかり》が見えた。ああ、ありがてえ、あそこでひと晩泊めてもらおうと、行ってみると、これが家じゃあない」
「なんだ?」
「見ると、熊の皮のちゃんちゃんこを着た……熊坂長範《くまさかちようはん》の子分みてえな大男が八、九人、車座になってたき火をしている」
「ほう」
「あたしもおどろいたが、こういうときに弱味を見せてはいけないから、日ごろ自慢の腕前を示して、強いところを見せてやろうとおもってね」
「冗談言うなよ。おまえの腕前を示すって、どんな腕前があるんだ?」
「日ごろの大力をあらわすのはこのときとばかり……」
「おいおい、なにが大力だ。いつか家の婆さんが沢庵石を運んでくれと言ったが、小さな石が持ちあがらなかったじゃないか」
「あのときは、相手が女だから……」
「変だね……で、どうしたい?」
「先んずれば人を制すっていうわけで、煙草入れを出して、煙管《きせる》に煙草をつめると、連中のなかへぬっと入って気取ってやった」
「へえー」
「卒爾《そつじ》ながら、火をひとつお貸しくだされ……とね」
「茶番だな、まるで……」
「すると、向こうも芝居気を出して、『ささ、おつけなせえ』とおいでなすった。『かたじけねえ』と二、三服ぷかぷかやって、こういうところに長居は無用と行きかかると、前にいたくりくり坊主の素っ裸、背中に猪熊入道《いのくまにゆうどう》の刺青《ほりもの》のある水滸伝の花和尚魯智深《かおしようろちしん》みたいなやつが、ズバッと刀を抜いて、『お若《わけ》えのお待ちなせえ』ときた。『待てとおとどめなされしは、拙者のことでござるよな』……と」
「気持ちの悪い声を出すなよ……つまらねえところで気取るやつがあるもんか」
「『おうさ、あたりに人がいなけりゃあ、汝《おぬし》のことよ。用がなけりゃあとめやしねえ、懐中《ふところ》にある路用の金、身ぐるみ脱《ぬ》いでおいてゆけ、ぐずぐず言うと命はねえぞ』と、たき火にあたっていた連中にぐるりと取り囲まれた」
「そりゃあおどろいたなあ」
「それからおれは、『知らぬ者こそ不愍《ふびん》なれ』と言ってやった」
「なんだそりゃ」
「こっちがおまえさん、百も銭がねえのを知らねえで、くれろと言うから、知らぬ者こそ不愍なれ……」
「なんだい」
「ついでにおれはもうひとつどなってやった」
「なんて?」
「さて、汝《われ》らは六部の背中の牡丹餅《ぼたもち》よな」
「なんだいそれは?」
「六部の背負っているのを笈《おい》というでしょう。牡丹餅はおはぎ[#「おはぎ」に傍点]というから、これを略しておいはぎ[#「おいはぎ」に傍点]という」
「おい、その最中《さなか》につまらない洒落《しやれ》を言うやつがあるかい」
「このくらい落ち着いているところを見せたんで……」
「それから、どうした?」
「それッたたんでしまえと、賊の親分が号令をかけると、八、九人のやつがギラリギラリと長いやつを抜いて、一度に打ってきた。こうなると、わたしも負けてはいられない。心得たりと一刀を抜き、見れば一本の松がある。これを小楯にとって、さあこいッ、と青眼《せいがん》につけた」
「話が混み入ってきたな、青眼につけたとは……よく刀なんか持っていたな」
「へえ、護身用というやつで……なにしろこっちの身体《からだ》に一分一厘のすきがないから、向こうでも打ちこむことができない。そこで、ふと誘いのすきをみせると、鉄棒をふりあげたやつが打ってきたから、こいつを横なぐりに斬り倒した」
「たいそうな腕だな」
「これを見た賊どもはどんどん逃げた。これ幸いとあたしも逃げた」
「両方で逃げたのかい」
「命あっての物種、そのうちだんだん距離が遠くなった。すると後方から、ワーワーと鬨《とき》の声をあげた敵の軍勢二十万」
「戦争《いくさ》だね。それでどうした?」
「ひょいと前を見ると、三間四方もある大きな岩がある。敵の軍勢はどんどん迫ってくる。得物《えもの》はなし、道は不案内、進退ここにきわまった」
「困ったろう?」
「しかたがないから、その三間四方もある岩を、あたしは根こぎにした」
「おっそろしい力だな」
「この大岩を目よりも高く差しあげたが、投げそこなってはいけないので、こんどはそれを小脇にかかえた」
「三間四方の大岩が小脇にかかえられるかい?」
「もっともこの岩、瓢箪岩《ひようたんいわ》といって、まん中がくびれてる。こいつを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
「ふざけちゃあいけない。岩がちぎれるかい」
「それができたての岩だからやわらかい」
「ばかだな、おまえは……」
「その勢いにおどろいて、賊どもは蜘蛛《くも》の子を散らすように残らず逃げちまった」
「それはよかった」
「もとのたき火のところへ戻《もど》ってくると、たき火はどんどん燃えている。ここでいっそのこと夜を明かそうと、暖まっているうちに、旅の疲れで、こっくりこっくり居眠りをはじめた」
「ふーん」
「ひと息ついたが、一つよければまた二つ。九尺二間に戸が一枚、あちら立てればこちらが立たず。そのうちに、ごーっというおそろしい音がしてきたのは、山鳴りというやつ……すると、向こうのほうから仁田四郎《にたんのしろう》(鎌倉時代の武将)がおどろくような、三間もある大きな猪《いのしし》が、テンテレツ、テンテレツクと、調子をとってやってきた。あの猪の牙にひっかかってはたまらない、そばに大きな松の木があったから、これならば大丈夫と、この松の木にかけ登った。さすがに猪は利口なやつで、どうするかとおもうと、牙で、松の根っ子を掘りはじめた。松の木がぐらぐら動くので、その木につかまりほんとうに気[#「気」に傍点]をもんだ。気[#「気」に傍点]が気[#「気」に傍点]でない」
「変な洒落を言っちゃあいけない。それから、どうした?」
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、度胸をきめて、ひとおもい松の木から飛び降りたら、猪の背中へひらりと、猪乗《ししの》りになった」
「それをいうなら馬乗りだろう?」
「猪の背中だから猪乗りだ……猪はふり落とそうってんで、さかんに跳ね回るからこっちも、尻っぽをつかまえて、手に巻きつけて、あまったやつで襷《たすき》にかけて、鉢巻《はちまき》にした」
「そんなに猪の尻っぽは長いのか?」
「猪が大きいから、尻っぽも長い。刺し殺すよりしかたがないと、脇差《わきざし》を抜いて突き立てたが、甲羅《こうら》を経ている猪で、松やにをつけては砂場へころがり、天日《てんび》で干し固めてあるから、まるで鎧《よろい》を着ているようで始末がわるい。股ぐらをさぐってみると大きな睾丸《きんたま》があった。これこそ天よりわれに授くる睾丸と押しいただいた」
「なんだ、睾丸を押しいただくやつがあるか」
「猪だって、急所にかわりはあるまいと、この睾丸を、力まかせにぐーっと握りしめると、ウーンとうなった」
「わりにもろいものだな」
「猪は七転八倒の苦しみ、くるりとひっくりかえった」
「えらいことをしたな」
「けれども、獣《けもの》にはよくあるやつで、死んだふりをするのがいるから、念のために止《とど》めを刺そうと、腹をすーっと切ってみると、なかから子供が、憎《につく》き親の仇《かたき》と十六匹とびだした」
「十六匹もかい?」
「しし[#「しし」に傍点]の十六匹」
「冗談言っちゃあいけない。おまえさん、いま、猪の睾丸をつかみ殺したと言ったな」
「へえ」
「睾丸がありゃあ、牡《おす》だろう?」
「そうでしょうな」
「牡の腹から子供が出るかい」
「そこが畜生のあさましさ……」
「ふざけちゃあいけねえ」
「とたんに、わーっという歓声。なにごとかとふり返ると、お百姓が八、九十人。どこから集まったか、わたしをとりまいて、わたしのまえにひれ伏した。なかの長老が進み出て言うには『この猪のために、近在六か村の西瓜《すいか》畑がどれくらい荒らされたかわからない、おまえさんのお陰で助かった。礼をしたいから、どうかこれから名主の家へ来てもらいたい』と言う。別に急ぐ旅ではないので、それからみんなに連れられて、名主の家へ行きました。すると、名主は礼服着用で出迎え、奥の座敷へ通されて、いろいろごちそうが出たが、腹が減っていたから、食べなかったね」
「食べたらいいじゃあないか」
「そこが武士は食わねど高楊枝《たかようじ》」
「気取ったね」
「そこへあいだの唐紙《からかみ》がさらりと開いて、入ってきたのが当家の娘だ。こんな山家《やまが》にまれなる美女、十六、七の色白で、目もと涼しい、口は小さく、眉は濃く、鼻は高からず低からず、中肉中背、踵《かかと》のつまったいい女。縮緬《ちりめん》の振袖《ふりそで》に、文金の高|髷《まげ》。畳の縁《へり》を踏まないように、遥か下がってお辞儀をして『こういう茅屋《あばらや》でございますが、今夜はここへお泊まり遊ばして……』ときた」
「そうかい」
「それじゃあご厄介になりましょうと、奥の八畳の間へ通されて、そのままうとうとと寝入った。よい心持ちになったところへ、廊下のほうでミシリミシリと足音がする。こんな夜中に、何者だろうと、うかがってみて、おどろいた。当家の娘だ。美しいのなんのって、燃え立つような真っ赤な緋縮緬の長襦袢……」
「緋縮緬というものは、真っ赤なもんだよ、昔から……」
「そこはものがていねいだから……」
「ていねいすぎるよ。それでどうした?」
「その娘が、わたしに隠し持っていた一本の手紙を差し出した」
「ふーん」
「なにかしらと、その手紙を開いてなかを見ると、『どうか不愍《ふびん》と思召《おぼしめ》し、わたしを連れて手に手を取って、どうか逃げてくださんせ。けっしてあなたさまにご迷惑をかけるようなことはございません。持参金も用意してございます』と、こう書いてある」
「なるほどねえ、それで?」
「たいていの男なら、承知をして、女を連れて逃げるかしらないが、あっしは『思召しはかたじけないが、拙者、少しく望みのある身、不義は御家のきついご法度《はつと》、さようなことは、せっかくながら……』と断わってしまった」
「ほう、たいへんなことをしでかしたね、柄にもなく」
「そうすると、その女、懐中《ふところ》から懐剣《かいけん》を抜いて、あわや咽喉《のど》へ突き立てようとするから、しっかりその手首を押さえて、『こりゃ、娘、なにゆえあってそのお覚悟』『さあ、なぜとは知れたこと、女子《おなご》の口からはずかしい、そこはなして殺してたも』ときた。『じゃと申して』『それではわたしを連れて逃げてくださるか、サア、サア、サアサアサア……』ときた。『それでは連れて逃げよう』と約束をして、自分の寝間へ戻ったが、さて、女を連れて逃げるのは厄介と、その夜のうちに逐電《ちくでん》ときめて、すっかり身支度をして、裏庭から一目散に逃げ出した。しばらく行くと、遥かにザァッという水の流れが聞こえる。だんだん近づいてみると、そこに棒杭が立っていて、紀州日高川と書いてある」
「ちょっと待った。おまえさん、たしか南部の恐山へ行ったんじゃあなかったかい?」
「それが一念とはおそろしいもんで……」
「あきれたもんだ」
「渡し舟があって、船頭がいたから、船頭さん、おれはいま女のために難儀をしている。女があとを追いかけてくるが、女の来ないうちに向こう河岸まで渡してくれ。もしもあとから十六、七の女がやってきて、この川を渡してくれと頼まれても断わっておくれ、と頼んだ。親切な船頭で、よろしゅうございますと言って、あたしを舟に乗せて、向こう河岸まで着けてくれた。舟が岸に着くが早いか、足にまかせてどんどん逃げると、大きな寺があった」
「うむ、そりゃあ道成寺じゃないか」
「昔は道成寺といっていたが、いまは道成寺がなくなっちゃって、安直寺という。住職に面会をしようとおもったが住職がいない。貧乏寺で、鐘撞《かねつき》堂はあっても釣鐘《つりがね》がない始末。しかたなしに台所へまわると、水がめがあった。水がめ結構と、あっしはその水がめのなかへ隠れたね」
「へえ」
「女のほうは、川の淵《ふち》まで来て、船頭さん、こういう男が渡ったでしょう。いや渡さない。それじゃわたしを向こう河岸まで渡してください。いや渡さない。渡さなければ、女の一心、この川渡らでおくべきか、ドブーンとばかり川へ飛びこんだ」
「女の一心で、それが大蛇になったんだろう?」
「それが世の中不景気で、一尺五寸ばかりの小さな蛇になった。チョロチョロ川を渡って、安直寺までやってくると、おれの隠れている水がめを、どう嗅《か》ぎつけたかしれないが、水がめを七巻き半巻いた」
「一尺五寸ばかりの蛇が、水がめを七巻き半も巻けるかい?」
「それがだんだんのびたんで……」
「飴細工だね」
「そのうち、あまり静かなんで、どうしたのかとおもって、水がめを上がって見ると、蛇がすっかり溶けてしまった」
「どうして?」
「寺男が不精で、かめを洗ったことがないから、水がめの底になめくじ[#「なめくじ」に傍点]がたくさんついていた。その上を蛇が巻いたから、蛇が溶けてしまった」
「まるで虫拳《むしけん》だ」
「そこで水がめを出たが、うしろが紅白段々幕とくれば芝居だが、そうはいかない。すっくと立ったそのときの身装《なり》を見せたかったね。金襴《きんらん》の輪袈裟をかけて、大口という袴《はかま》をはいて、中啓を持ってぐっとそり身になったときなんざ、じつにわれながら惚れぼれしたね」
「弥次さん、いったい、おまえ、その姿は?」
「安珍という山伏だ」
「あ、道理で法螺《ほら》を吹き通しだ」
 
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