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落語百選90

时间: 2019-09-15    进入日语论坛
核心提示:寝床蜀山人《しよくさんじん》の狂歌に「まだ青い素人義太夫|玄人《くろ》がって 赤い顔して黄な声を出す」ひとつ義太夫でも稽
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寝床

蜀山人《しよくさんじん》の狂歌に
「まだ青い素人義太夫|玄人《くろ》がって 赤い顔して黄な声を出す」
ひとつ義太夫でも稽古してみようというのは、たいてい、そうとう身代のある大家の旦那衆。さて、おぼえこんでみると、稽古だけではつまらない、だれか人を集めて聞かせてやろうという、了見を起こす。友だちや親戚は一ぺんは来るが、たいてい初会でこりて、以後いくら使いを出しても立ち寄らなくなる。しかたがないから、出入りの者、店の者が呼び集められて、一人悦にいるという素人義太夫の噺……。
「定吉や、繁蔵が帰ってきたらすぐ来るように言っとくれ。それから定吉や、蔵から新しいほうの座布団を五十枚ばかり出してな、あの高座のまえへずーっと敷いときなさいよ。いつなんどきお客さまが見えても大丈夫のように、いいかい? お湯はわいていますか? お湯は、たくさんわかしといてくださいよ。上戸《じようご》の方には、お燗《かん》をする。下戸《げこ》の方にはまた、お茶を入れて出す。あたしがまたうんと語ると汗をかきますから、身体《からだ》をふいたりしますから、たくさんわかしといてください。それからあとでな、晒布《さらし》を五反に、卵を二十……なに? 怪我人があるんですか? 冗談言っちゃあいけない。あたしが使うんだ。この義太夫というものは、鼻っ先で声を出すんじゃあない、下っ腹から声が出るんだから、晒布は腹に巻くんですよ。卵をのむと声が弾《はず》むからね。だれか買いにやっておくれ。師匠はどうした? 中二階のほうで……あ、お茶を差しあげてお待ちいただきなさい。いま調子を調べていらっしゃる? ああ、たいへん手まわしがいいな。お菓子はきていますか? 羊羹《ようかん》が? ああ、よかろうよかろう。このまえみたいに大きい容器《いれもの》へ入れて、ところどころに出すのはよくありませんよ。ご遠慮深い方は少しも召しあがらない、図々しいやつなんざ、食っちゃったあげくに持って帰るなんてえのがあるんだから……そんなことのないようにめいめいに紙なんかに取って、召しあがるとも、お持ち帰りになろうともご勝手しだいと出すがいい。仕出し屋から料理は届いているか。料理番も来ている? それから見台はできましたか? よしよし、今日はできてきたあの見台を出したいとおもってね……おー、おー……うー……どうも声の調子がよくないな……うー……どうもお昼に食べたお菜《かず》が少し辛かったせいかな……おー、おー……うー……それから、はじまったら、このまえのようにこの座敷へお客さまを連れてきてはいけないよ。高座のまえへ詰めるんだ、それで高座のまえが一杯になったらばここへ詰めると、こういうふうにしておくんだ。ここへ座ったって浄瑠璃《じようるり》は聞こえやしない……みんな気がないんだからねえ、どうも……おうーうー……おほほん、おおー……うー……おほほん……おお、繁蔵、帰ってきたな……ああご苦労ご苦労、長屋をすっかりまわってくれたかい?」
「へえ、おそくなりまして、お長屋を全部、まわってまいりました」
「いや、ご苦労さま。おまえさんのことだから手落ちはなかったろうとおもうけれど、提灯《ちようちん》屋へ行ってくれたろうね。このまえ竹蔵にまわらしたところが、あれが気が利かないから、提灯屋へ知らせるのを忘れちまったもんだから、あとで『先だっては、旦那さま、お浄瑠璃をお語りなさったそうですが、なんだってわたしどもへはお知らせくださいませんでしたか。うかがいそこねて、まことに残念なことをいたしました』なんてね。愚痴を言われてしまった」
「はい、そのようにうかがっておりましたので、提灯屋さんにはいちばん最初にまいりました」
「そうか、よろこんだろうな」
「それはおよろこびでございましたが、あいにく開店がございまして、それの提灯をだいぶ請けあいまして、今晩、夜なべで仕上げなければならないというので、おかみさんまで手を真っ赤にしているような騒ぎで、こういう仕儀であるから、せっかくの催しであるが、今晩はうかがえないから、あしからずというお断わりでございました」
「やれやれ、それはかわいそうなやつだね。このまえといい今夜といい、わたしが義太夫を語るときは、なんかしらさしさわり[#「さしさわり」に傍点]ができるというのは、やつはことしは年まわりが悪いんだな。うん、まあいいや、こんど稽古のときにでも、差し向かいでみっちり聞かせてやるから、そう言っといてくれ……金物屋はどうした、行ったか?」
「へえ、金物屋さんは今夜、無尽がございまして、その無尽が、初回が親もらいの無尽で、親もらいの無尽へ不参をするわけにはいかないから、よろしくというお断わりで……」
「小間物屋はどうした?」
「おかみさんが臨月でございまして、今朝から急に虫がかぶっておりまして、家内が産をするのに、それをうっちゃって義太夫を聞きにうかがったというようなことが後日、親類の者やなんかに知れますとうるさいので、まことに失礼だが……これもよろしくというお断わりで……」
「病人ならしかたがない……豆腐屋はどうした?」
「豆腐屋さんでは、お得意先に年忌《ねんき》がございまして、生揚げとがんもどき[#「がんもどき」に傍点]をまぜて八百《はつそく》五十とか請けあいまして、それを明朝までに納めなければならないというんで……、生揚げは水を切って揚げさえすればよろしいんですが、がんもどき[#「がんもどき」に傍点]のほうはちょっと手数がかかります。豆腐のなかに蓮《はす》に牛蒡《ごぼう》に紫蘇《しそ》の実なんてえものが入りまして、蓮のほうは、皮|剥《む》きで剥きまして、四つに切ったやつをとんとんとんとんときざんで、すぐ使えばいいんですが、牛蒡のほうは、皮が厚く剥けます、ですからこの庖丁でなでるようにして剥くんですが、すぐ使うとあく[#「あく」に傍点]があっていけないから、いったんこのあく[#「あく」に傍点]を出します。紫蘇の実も、ある時分ならよろしゅうございますが、ない時分には、漬物屋から塩漬になっているのを買ってまいります。これをすぐ入れますと、塩辛うございますから…水に漬《つ》けておかなくてはなりません。それをあまり漬けすぎますと、水っぽくて味がすっかり落ちてしまいますし、それがために油をたいそう余計に使います……」
「おいおい、だれががんもどき[#「がんもどき」に傍点]のこしらえ方を聞いているんだ。今夜来るのか来ないのかって、それを聞いているんだ」
「ええ、……そういうわけでございますので、来られません……と」
「来られないなら、来られないと先に言うがいいじゃあないか。生揚げがどうのがんもどき[#「がんもどき」に傍点]がどうのと、余計なことを言って……じゃあ、鳶頭《かしら》はどうした?」
「へえ、鳶頭は、その、成田の講中にもめごと[#「もめごと」に傍点]ができまして、とてもこちらでは話がつかないというので、明朝《みようあさ》一番でこの成田へ立つそうで、一番と申しますと、五時でござんす。五時に……」
「……裏の吉兵衛さんはどうした?」
「吉兵衛さんのところへうかがったんでございますが、不在で、なんでも小田原のほうへお出かけになったとか。おっかさんがおいでになりましたが、なにしろお年寄りでもあり、風邪を引きまして、布団を三枚かけて湯たんぽを三つ入れまして、うーうーうなっておりました」
「わかった、おい、わかりました。おまえさん、いくつになるんだ? 子供じゃああるまいし、いちいちだれは来られません、だれだれは都合が悪い。まいりましたら、みんなこられません、これでわかる。高い米を食って無駄なことばかり言うやつがあるか……長屋の者は、だれが来るんだい?」
「へえ、どうもお気の毒さまで……」
「なにがお気の毒さまだ。よろしい、わかった。長屋の者はご用でこられない、まして他人さまだ。よろしい。せっかく用意もしたことだから、店の者だけで語ります……と、見渡したところ、店の者が姿を見せないね……番頭の宇兵衛はどうしてるんだ?」
「へえ、一番番頭さんは夕べお客さまのお相手で、たいそう御酒をいただきすぎまして、申しわけないが、頭が痛いので、お先へご免こうむるって、表二階で寝《ふせ》っております」
「金助はどうした?」
「金どんは、ちょうど夕方でございました。伯父がひどく具合いが悪いからという知らせがございまして、もう年が年だから、これぎり会えないかもしれないから、ちょっと会ってきたいと申しますので、それじゃあちょうどお店も早くしまったから、ちょっと会いに行ってきたらよかろうと出してやりました」
「梅吉はどうした?」
「梅どんは脚気でございますので、失礼させていただくという……旦那のお浄瑠璃をあぐらをかいてうかがっては申しわけないというので、やはり寝《やす》んでおります」
「竹蔵はどうした?」
「竹どんは、さっき物干しへ上がって布団を干しておりましたが、『竹どん、今晩、旦那の義太夫だよ』と申しましたら、『えっ!』と言って、転げ落ちまして、腰をしたたか打ちまして、身動きできず部屋で寝《ふせ》ております」
「豊次郎は?」
「豊どんは、いえ、その、なんでございます。眼病《がんびよう》でございます」
「おい、眼病といったら、おまえ、目じゃないか?」
「さようで、眼病は目が悪い、腹痛が腹、足痛と申しますのは足のほう……」
「なにを余計なことを言ってるんだ……おかしいじゃないか。耳が悪いから義太夫が聞けないというのならわかるが、目が悪くて義太夫が聞けないというのはどういうわけなんだい?」
「ええ、お言葉をかえすようですが、これがおなじ音曲《おんぎよく》でも、小唄や歌沢《うたざわ》ならよろしゅうございますが、義太夫というものは、音曲の司《つかさ》と申しますくらいたいへんなもの。なるほど浄瑠璃は見るものじゃあございませんが、旦那さまの浄瑠璃は、ことのほかお上手でございますから、悲しいところへまいりますと、泣かなければなりません。涙というものは、眼病にいちばんいけないそうで、これは、いっそはじめからうかがわないほうがよかろうとの、目医者からのおさしとめで……」
「ばあやがいるでしょ?」
「ばあやは寸白《すばこ》でございまして、坊っちゃんと早くから寝《やす》んでおります」
「家内の姿が見えないようだが、どうしたい?」
「ええ、おかみさんは、きょうはなんだか胸騒ぎがしてならないんだけどと申しまして、二、三日|実家《さと》へ行ってくるとおっしゃいまして、お嬢ちゃんを抱いてお出かけに……」
「繁蔵、おまえはどうだ?」
「へっ?」
「おまえだよ、どうなんだ?」
「へえ、あたくしはただいま、全部お長屋のほうをずーっとまわってまいりました。へえ、一人で、すっかりまわってまいりました」
「ああご苦労さま、お使いはご苦労だったが、おまえはどこが悪い?」
「へえ、わたくしは、このとおりなんの因果か丈夫でございます」
「なんだ、因果で丈夫とはッ……無病息災、このくらいの結構なことはない。因果で丈夫とは、なんて言い草だっ」
「いいえ……申しわけございません。お腹立ち……ご勘弁ください……いえ、よろしゅうございます……へッ、てまえ……覚悟いたしました」
「なんだい、覚悟したってえのは?」
「ええ、わたくし一人で、旦那の義太夫をうかがったなら、それでよろしいんでございましょう。えーえ、よろしゅうございます。てまいは丈夫な身体《からだ》でございます。薬一服のんだことがないくらいのもんで……義太夫の一段や二段うかがったから、これが、どうさわりがあるわけじゃあなし、家のほうは兄がおりますんで、わたしが万一どうなっても、家のほうにさしつかえはないんでございます……あたくしさえうかがえば、それでよろしいんでございましょう……さあ、お語りあそばせ……さあ、どうとでも……」
「なんだい、泣くやつがあるかい。じつにどうもあきれかえったもんだ。いや、よろしい。語りませんよ。……おお、師匠にそう言いなさい。『急に模様変えになりましたので、また後日ということにしまして、どうぞ今日のところはお引き取り願います』と言って、帰っていただくようにするんだ……もう、よくわかった。みんなの気持ちはわかったよ。あたしの義太夫が聞きたくないもんだから、長屋の連中が用事をこさいたり、店の者が仮病《けびよう》をつかったりするんだろう……よろしいッ、今後けっして語りませんから……ああ、語りませんとも……なんてえやつらだ……情けねえ人たちだねえ、え? 義太夫の人情というものがあいつらにはわからないのかねえ。……人間らしいやつらは一匹もいねえ。あの金物屋の鉄五郎、世の中にあいつぐらい無尽の好きなやつてえものはない、のべつ無尽だ、なんぞってえと無尽無尽、満回になったっても初回になり、初回になったかとおもうと満回になり、無尽ばかりして、ああいうやつが、不正無尽の会かなんか、でっちあげて他人《ひと》さまに迷惑をかける。また小間物屋のかかあだってそうだ。あそこの家くらい子供ばっかりこしらえている家はねえ。このあいだ産んだかとおもやあ、もうあとできてるんだ。四季に孕《はら》んでやがらあ。あきれたもんだ。ほかにするこたあねえのかねえ。まったく泥棒猫の始末だ。鳶頭《かしら》も鳶頭だ。それほど成田山がありがたきゃあ、成田へ行って金を借りるがいいや。不動さまのほうがご利益があるか、あたしのほうがご利益があるか、胸へ手をあててよォーく考えてみるがいいや。毎年、暮れになると、きまって家へ金を借りにくるんだ……言いたかないが、そのとき、証文一枚取るわけじゃなし、金を返さないって、あたしが一ぺんだっていやな顔をしたことがあるかい。ふだん、印物《しるしもの》の一枚もやって世話をするのはなんのためだ。まったく……」
「まことにさようで……」
「おい、義太夫なんてものは、おもしろおかしいもんじゃあないんだ。昔のえらい作者が、苦心に苦心をかさねて、筆をとってこさいたもんなんだよ。一段のうちには喜怒哀楽の情がこもってて、本を読むだけでも結構なもんだ。それを仮《かり》にあたしが節をつけて、語って聞かしてやる……なに? 節がついているだけ情けねえ? だれだ? 陰でなんか言うなら、こっちへ出てこいっ、そりゃあたしはまずい……」
「ええそうです」
「なにがそうですだ。そりゃあ、あたしゃまずいよ、まずいけれどもあたしゃ素人だ。商売人じゃあないんだ。今日《こんにち》みなさんを招待して、ごちそうして仮にも、ただ聞かせるんだ……なにを? これで金をとりゃあ詐欺だ? こっちへ出ろっ……勘弁できねえッ、おい、繁蔵、おまえ、すまないけど、もう一ぺん長屋をまわってきておくれ。明日のお昼までに店《たな》を明け渡すように、そう言って……」
「それは、乱暴なお話で……」
「なにが乱暴だ。義太夫の人情のわからないような、人間の道理にはずれた者に店を貸してはおけない。お入用《いりよう》の節はいつなんどきでも明け渡しをいたしますという、店請《たなう》け証文も入っているんだ。店《みせ》の者だってそうだ。あたしの家にいると、まずい義太夫の一段も聞かなくっちゃならない。聞くのはいやだろうから、出てってくれ、みんな暇を出すから……片付けな、片付けな、湯なんぞあけちまえッ、料理なんかいらないから捨てちまえッ、見台なんか叩《たた》きこわせっ」
旦那はすっかり怒ってしまい、奥へ入ってしまった。
そのままにしておけないので、繁蔵が長屋へもう一度まわって、まとめ役を介して、お触れをまわした。
「ええ、旦那さま、旦那さま」
「なんだッ、繁蔵」
「ええ、ただいまお長屋の者がみなさん揃ってまいりましたが……」
「なにしに来たんだ?」
「へえ、旦那さまに、ひとつ浄瑠璃をぜひ聞かせていただきたいと申しております……旦那の義太夫をほんのさわり[#「さわり」に傍点]だけでもいいからうかがいたいと、長屋一同こぞってまいっておりますが、むざむざ帰すのも残念と心得ますのでいかがなものでございましょう? お心持ちのお悪いところは、幾重にもてまえがなりかわってお詫《わ》びを申し上げます。ほんのさわりで結構なのですが、お語り願えませんでしょうか」
「ごめんこうむるよ。なぜって、そうだろう。芸というものは、こっちが語ろうとおもったときやらなくちゃあできるもんじゃあない。こんなときに語れるもんか。まずい義太夫を我慢して聞いていただくにもおよばないし、気分も悪い。またの機会ということにして、せっかくながら、お断わりしますと言って、みんなに帰ってもらいな」
「ではございましょうが、そこをなんとかまげて……あたくしがあいだに入って困りますから……ねえ、旦那さま、なにもそんなに芸おしみをなさらないでも……」
「おまえ、それは、あたしの芸はそれほどのことはないよ。あたしがもったいをつけている? そんなことはない、みなさんに対していまさら……なんだい? どうしても聞かないうちは帰らないってえのかい? だれが来ているんだ? 仕立屋に、小間物屋に、うん、提灯屋と、豆腐屋も、金物屋も、鳶頭も来ている? うふふふ、うふふふふ、またみんな揃ってるねえ。あたしに? 一段でもいいからやってくれってえのかい? またみんな好きだねえ……そりゃあ、一段やったって、十段やったっておんなしようなもんだが、これであたしがやらなけりゃあ、また碌《ろく》なことは言わないし、どうも困ったねえ。やりたくないところを無理にやらせられるというのが、ここが芸人のつらいところだ、まったく……おまえがそんなに困るのなら、ひとつおまえさんの顔を立てて、今晩は調子も悪いことだから、ほんの、一、二段語るとしようか」
「ぜひそういうことに願います」
「そうときまれば、あたしがみなさんにお目にかかろう。それから、定吉にそう言って、師匠をすぐ迎えにやっとくれ。料理や菓子はどうした?」
「店の者がいただきました」
「困るなあどうも……こういうことになるとすぐ手がまわるんだから……こういうことは言いだしてから一時《いつとき》は待つもんだ。すぐまた用意をしてくださいよ、足りないものはすぐ届けさせるようにして……」
「ええ、今晩は」
「ええ、今晩は」
「ええ、今晩は……」
「おやおや、どうもみなさん、こちらへどうぞ……さあ、よくおいでくださった。たいしたおもてなしはできませんが、ゆっくり遊んでってくださいよ」
「ええ、今晩は。今晩はまた旦那さまの結構なお浄瑠璃を、ありがとう存じます。さきほどはわざわざお使いをいただきまして……」
「おや、豆腐屋さん、おまえさん、たいへん忙しいっていうじゃないか。よく来られたねえ」
「へえ、どうもあいにく年忌の注文を請けあいました、ところへ、旦那さまの浄瑠璃があるってえことをうかがって、ああ残念なことをしたと悔んでおりましたが、どうも好きなものはしょうがありません、いまごろは、旦那さまがなにを語っていらっしゃるかと気になって、仕事が手につきません。生揚げをほんとうの生揚げにしてしまったり、がんもどき[#「がんもどき」に傍点]のこんな大きいのをこさいちまって、家内に叱言《こごと》を言われて、へえっ、大笑いで、へえ。それほどうかがいたければ、仲間から職人を都合してうかがったらいいだろうって、職人を都合してうかがったようなしだいでして、今晩はまことにありがとうございます」
「いやあ、これは恐れ入った。いえ、あなたが義太夫好きだということは知っていますがね。職人を都合してまで……気の毒をさせたねえ。まあ、職人の手間代ぐらいのことはさせてもらうから……いやあ、嘘にでもそう言ってくれると、うれしいね。こちらも語る張り合いがあるよ……今晩はね、ひとつ、みっちり語りましょう」
「うへえ……ありがとう存じます」
「じゃあ、おまえさんも向こうへ行ってな、やれる口なんだから、かまわずどうぞ飲んでおくれ……おや、鳶頭《かしら》ァ見えたね」
「ええ、どうも、お騒々しいこって……」
「火事じゃあないよ……おまえさん、成田へ行くんじゃなかったかい?」
「どうも、先ほどは申しわけござんせんで、いいえ、成田は行かなきゃあならねえところだったんですがね。さっき兄弟分の辰が家へ寄りまして、おれがかわりに行って、話をつけてこよう、と申しますんで、家の者も、旦那が義太夫をやるってんだから、しかたがねえから……いや、まあ、しっかり聞いてきたらいいじゃねえかと、こう言ってくれますから、じゃ旦那のほうへおれがうかがうからってね。えッへへへ、あっしがまた義太夫が好きでね、飯を食わなくてもいいから義太夫を聞いてりゃあいい心持ちだってんでね。どうも変わった性分で、ふだんからそう言ってるんでござんす。旦那にゃあまあ、ほんとうに、ながいあいだ出入りをさしていただき、なにからなにまでお世話になって、困ったときなんざあ、ま、こういうわけでござんすと申し上げりゃあ、ねえ、金でもなんでも貸していただける。お不動さまなんざあ、いくらありがてえったって、べつに金を貸してくれるわけじゃあありませんし、まあ、旦那の義太夫を聞くのも浮世の義理だから……いえなに、なんでござんす。まあ、浮世の義理人情ってえものは、義太夫を聞いたもんでなけりゃあわからねえってんだ、ねえ、まったくの話が、だいいち旦那の義太夫ってえものは、どうしてあんな声が出るんだろうなんてね、えっへ、人間わざじゃねえ、どうしてああいう間抜けな……いえ、まことに結構な声……、じつにどうもすげえと言おうか、おそろしいと言おうか……いろいろごちそうさまで……」
「なんだい、さっぱり言うことがわからないじゃないか。まあいいや、おまえも向こうへ行って、みなさんのお相手をして……はいはい、いますぐ支度にかかるから……」
「いやどうも、ご苦労さま」
「おや、どうも、お互いさまにとんだご災難で……」
「いや、それにしてもどうなるかとおもって、おどろきましたね。今夜は、不意をくらったんでね。店立《たなだ》てだってんだが、おだやかでないですよ……しかしね、ふだんはもののわかった、ほんとうにいい旦那なんだが、義太夫にかかるってえと、ふだんと、がらっと変わって、狂暴性を帯びてくるってえのは、どういうわけなんだろう?」
「ここの家の先祖が、義太夫語りかなんか締め殺したんじゃあないかねえ」
「うーん、なにかの祟《たた》りが……おっそろしいもんだ」
「気の毒なのは横町の袋物屋の隠居だ。こないだ、この義太夫を聞いて、患《わずら》っちゃった」
「そんなことがありましたな」
「なにしろ、うちへ帰ると、ドッと熱が出ちゃった。さっそく医者にみてもらうと、この原因がどうしてもわからない。なにか心あたりはないかとよく調べてみると、義太夫を聞いてから熱が出た。これは義太熱[#「義太熱」に傍点]といって、医者でも薬のもりようがない」
「義太熱なんてのがあるのかね、どんな熱だい?」
「節々が痛む」
「そりゃあ、たいへんな義太夫だ」
「今夜あたしは、用心に宝丹を持ってきました」
「そりゃご用心ですな、あたしにも少し分けてくださいな」
「さあどうぞ……お互いに被害は少しでも食いとめませんと、あしたの仕事にさしつかえますからねえ……みなさん、義太夫がはじまったら、頭を下げるほうがいいですよ。うっかりあの声をまともにくらったら致命傷ですよ」
「命がけだね、どうも」
「いいえ、嘘じゃありません。その証拠に、糊屋の婆さんの胸の黒あざは、あの声の直撃をうけたあとだってんです」
「おやおや……おひとつどうです? お酌をしましょう」
「こりゃどうも、恐れ入ります。いただきましょう……いいお酒ですね、いただこうじゃありませんか、せっかくですから……」
「この料理、手をつけましょう、食《や》ってごらんなさい、どうです」
「へえ、ありがとうございます……こりゃ、結構……これで義太夫がなけりゃあ、なお結構」
「そういう贅沢《ぜいたく》を言っちゃあいけませんよ。ま、ひとつ、いきましょう……こうなったひにゃ、食いもので継《つな》ぐよりしょうがないんですから……」
「ええと、今晩はどういう段どりになっているんでしょうねえ? 何段ぐらい語るのか、それがわかりゃあ、われわれのほうも覚悟のしようもありますから……」
「それもそうですね、じゃあ、あたしがうかがってきますから……ええ、旦那さま、今晩はどんな語りものが出ましょうな」
「えらい、どうも恐れ入った。義太夫の好きなものは、出しものを聞いただけで、いい心持ちになるというもんだ。そうおまえさん方に乗り気になられると、こっちも張りあいがあるよ。みっちり語りましょう」
「おやおや、やぶ蛇だよ、これじゃ」
「まず最初、咽喉《のど》調べに御簾内《みすうち》で語りますよ、ご祝儀として『橋弁慶《はしべんけい》』」
「なるほど、お勇ましい出しものですな」
「そのあと『恋娘昔八丈《こいむすめむかしはちじよう》』お駒才三《こまさいざ》、城木屋《しろきや》から鈴ケ森まで続けて熱演する」
「なるほど……『橋弁慶』と『お駒才三』これが二段、これでおしまいで……」
「いや、そのあとへ『絵本太功記』十段目、尼ケ崎をいきましょう、太功記十段目というやつを。『近頃《ちかごろ》河原《かわら》の達引《たてひき》』お俊伝兵衛《しゆんでんべえ》堀川の段、これはまあ、猿廻しの曲弾きやなにかで、ちょっと三弦《いと》にももうけさせる。そのあとへ『下総《しもうさ》土産《みやげ》佐倉曙《さくらのあけぼの》』宗五郎の子別れ、地味な浄瑠璃だが、そのあとへ『伽羅《めいぼく》先代萩《せんだいはぎ》』政岡忠義の段、飯《まま》炊き場から抜かさず熱演をする……『彦山権現誓助剣《ひこさんごんげんちかいのすけだち》』毛谷村《けやむら》六助|内《うち》の段をやって、あとへ『御所桜堀川夜討』三の切《きり》、弁慶上使の段……『三十三間堂棟由来』平太郎住家《へいたろうすみか》『柳』はあたしの十八番で、ぜひ聞いてもらいたいが、久しくやらないから……『生写朝顔日記』宿屋から大井川まで、※[#歌記号、unicode303d]領布《ひれ》振る山の悲しみも……というところで、満場をひとつうならせるからなあ」
「……満場うなりますか、へッ」
「そのあとへ『蝶花形名歌島台《ちようはながためいかのしまだい》』八ッつ目、小坂部兵衛館の段を。……『忠臣蔵』を十一段ぶっ通して『後日《ごにち》の清書《きよがき》』までいくからな」
「たいへんでございますなこりゃ、今晩中には……」
「まあ、あさっての夜のしらしら明けごろまでには……」
「ああ、さようでございますか、よろしきようにどうぞ……え? あさっての夜のしらしら明けごろだとよ」
「やっぱり提灯引けですか」
「葬式《とむらい》じゃない」
そのうち、デデンとはじまった。
「おい、おい……ほら、はじまったよ。どうです、人間の声じゃあないね……あの声を出したいために、これだけのごちそうをするんだが、語っているほうはいい心持ちか知らねえが、聞かされるほうこそ、いい面《つら》の皮だ。こういうときは、なるべく大きなもので、がぶ飲みして、早く酔っちまわなきゃ損だよ。あなた、おやりなさい、遠慮したってつまらないから……飲めない? 下戸ですか? それじゃあ、この羊羹《ようかん》を……」
「ありがとうございます……でも仮にもこうやってごちそうになっているんだから、ここらで景気づけに、ほめなくちゃあいけませんよ」
「冗談言っちゃあいけねえ。ほめるところなんぞありゃしねえよ」
「なくとも義理にでも、なんとか言っておやりよ」
「それじゃあほめますよ、よォッ、音羽屋ッ……」
「おいおい、義太夫に音羽屋てえのがあるかい?」
「いいよ、なにを言ったってわかりゃあしないよ。気ちがいッ、よォッ、ばかッ……なんでも声さえ出してりゃあ、向こうはほめてるとおもうよ」
「ドウスル、ドウスル」
「よゥォー、日本一ッ、うまいぞ、羊羹っ」
旦那は、夢中になって語っている。そのうち、奉公人が気をきかして、暑いだろうと、うしろ窓を開けたから、風が入ってきて見台の上の本が七、八枚語ったところで、めくれてしまった。すると義太夫が元へ逆もどり、ひとつところを行ったり来たり……そのうち三味線が東海道へ入って、義太夫は中仙道、いずれ大津あたりで出っくわすだろうという、仇討《かたきうち》のようなありさま……。
しばらくするうちに前がしーんとして、みんな感に堪えて聞いているんだろうと、御簾《みす》を持ちあげて見ると、一人残らず、ごろごろ寝ている。
「師匠、三味線やめとくれ。あきれかえったやつらだ。人に浄瑠璃を語らしておいて、ぐうぐう寝るやつもないもんだ。なんだ番頭なんざあ鼻から提灯を出して寝てやがる……おいっ、番頭、番頭ォッ」
「うゥん、ドウスルドウスル……」
「なにがドウスルドウスルだ。もう義太夫は終わった」
「おしい」
「なにを言うんだい。いいかげんにしなさい。みなさんがお眠気がさしてきたら、お茶でも入れかえてまわるのが、おまえの役目じゃあないか。それがいちばん先に寝るやつがあるか」
「いえ、いちばんあとで寝ました」
「なお悪い……みんな起きて帰っとくれ、わたしの家は宿屋じゃあないんだ。帰れ帰れっ。どいつもこいつもごろごろ寝やあがって、じつに不作法というか、礼儀を知らない……だれだい? そこで泣いているのは、え? 定吉じゃあないか。こっちへ来な、どうした?」
「悲しゅうございます」
「悲しゅうございます? えらい、どうだ。定吉はまだほんの子供だ。それが義太夫を聞いて悲しいという……番頭、もっとこっちへ来なさい。おまえさん恥ずかしいとはおもわないかい? 四十の五十のと重箱みたいに年齢《とし》ばかり重ねて、こうやって大の大人がだらしなく寝ちまうなかで、子供の定吉がわたしの義太夫を聞いて、身につまされて悲しいと泣いているじゃあないか……定吉や、さあさあこっちへおいで、泣くんじゃない、泣くんじゃない。おまえだけだわたしの義太夫がわかったのは……感心だ、あたしゃうれしい……で、どこが悲しかった? 子供は子供の出るところだな、『馬方三吉子別れ』か?」
「そんなとこじゃない、そんなとこじゃない」
「じゃあ、『宗五郎の子別れ』か? そうじゃない? ああ『先代萩』だな?」
「そんなとこじゃない」
「じゃあどこだ?」
「あそこなんでございます」
「あそこはわたしが義太夫を語ったところじゃないか」
「あそこがわたしの寝床でございます」
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