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暗鬼29

时间: 2019-11-23    进入日语论坛
核心提示:     29 知美から連絡があったのは、秋風が立ち、空が高くなった頃だった。彼女は先日の礼を言い、また遊びにきたいと言っ
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     29
 知美から連絡があったのは、秋風が立ち、空が高くなった頃だった。彼女は先日の礼を言い、また遊びにきたいと言った。
「いつでも歓迎よ。どうぞ」
法子は愛想の良い声で答えた。近ごろの法子の日々は、以前にも増して楽しく、順調で、そして輝いていた。実家からは、時折電話が入る。その時だけ、不思議なくらいに憂鬱《ゆううつ》になったが、受話器を戻してしまえば、それまでだった。法子には常に温かい家族がいた。
「それがね、友達が一緒なの」
知美の声は弾んでいる。法子は愛想の良いままで「あら、そう」と答えた。
「農学部出身のヤツなんだけどね。お宅の花壇の話をしたら、是非とも見せてくれないかって言うのよ。それで、連れていきたいんだけど」
途端に法子の中に不安が渦巻いた。夏から秋にかけて、法子は新たな知識を身につけていた。花壇や温室の薬草は、この家の貴重な収入源になっている。実に様々な薬草があったが、やはりもっとも財政を潤しているのは幻覚剤としての作用を持つ植物に他ならない。
「彼にね、お宅のお庭の話をしたの。たまたまね、一緒に図鑑を見てた時なんだけど、そういえば、法子のお宅で見たような気がするっていうのが、結構あったのよ。そうしたら、ぜひとも見せていただけないかって。彼ねえ、今は普通のサラリーマンしてるんだけどね──」
知美の声には、いつにない弾んだ、奇妙な色彩があった。法子は、その男が、知美にとって特別な存在であることを感じた。
「だからさ、ぜひとも見せてやってほしいのよ、ね? 大丈夫よ、口は固い方だと思うし、あの──」
「いいわよ、ご一緒に、どうぞ」
法子は同じ調子で答えた。久しぶりに、身体の中で危険信号が点滅している。それは、家族を守らなければならない、自分達の世界を脅かすものは、どんなことをしてでも排除しなければならないと告げていた。
電話を切ってから、法子はまず電話の内容を公恵に相談した。公恵は無言のままで法子の話を聞き、最後に「分かったわ」と言った。それから、ふみ江と松造の部屋に行く。綾乃と健晴も呼ばれた。店にも電話をする。家族は、実に静かに、そして素早く行動した。
「まだ、どういうことになるかは分からない。でも、万一に備えて、準備はしておいた方がいいからね」
夕食の時に、武雄が言った。和人は、夕方には東京を発《た》ち、今ごろは一路蓼科に向かっているはずだった。
武雄の言葉、和人の行動が何を意味しているのか、今の法子にはよく分かっていた。この世界には、家族になりうる者と、どんなに努力してもなり得ない者とがいる。まず、それを見極める必要があるということだ。
「知美さんっていう人は、大丈夫だと思うの。健康そうだし、一人暮らしなんだから」
公恵が考え深げに呟《つぶや》いた。法子の考えでも、そして家族の意見でも、知美は家族として受け入れられそうな存在だった。彼女がそのつもりにさえなれば、無限な心の広がりを持つ志藤家の人々は、心から彼女を歓迎するだろう。だが、男は問題がある。家族に血を分けるもの、そして、純血を保つものは、武雄と和人以外には不要だ。その男には、資格がない。
「氷屋の土地ねえ、あそこ、やっぱりアパートにしましょうか。商店街からも外れてるし、お店は、もういいんじゃないかしらね」
ふみ江がふいに口を開いた。
「そうすれば、知美さんを住まわせてあげられるでしょう。いくら何でも、この家に住まわせるわけにはいかないからねえ」
法子はふみ江の思慮の深さと、その優しさに感心していた。そうだ。そうなれば、知美だって勤めなどにいかなくて済むようになる。永年付き合ってきた友人と、そんな形で結ばれることがあるとしたら、それは法子にとっても誇らしいことに違いなかった。それにしても、彼女は何と幸せなことだろう。たまたま、法子の友人だったというだけで、彼女は家族として受け入れられる好運を得た。
──でも、これだけははっきりさせておかなきゃ。私は、あくまでも志藤家の嫁。あの子とは、格がちがう。
法子の頭からは、知美が連れてくるという男の存在などとうに消え去っていた。自分達を脅かす存在ならば、いち早く排除するまでのことだ。それ以上に考える価値など何もない。
──私は守る。この人達を傷つけない、絶対に、悲しませない。
その夜、法子は武雄と入浴し、そのまま武雄夫婦の部屋で一夜を過ごした。和人が留守なのだから、その方が淋《さび》しくないだろうと公恵が言ってくれたのだ。
「早く子どもを授かるといいね」
「皆が待ってるのよ。皆が望んでる子よ」
公恵と武雄に交互に言われながら、法子は彼らと比較した時の自分の肉体の若さと瑞々《みずみず》しさを感じていた。そして、改めて、自分こそがこの家を引き継いでいく者なのだと確信した。丈夫で健康な子どもを産みたい。何人でも産みたい。法子は心の底から望んでいた。そして、さらにこの家に笑い声が溢《あふ》れて、賑《にぎ》やかに暮らす光景を思い浮かべた。
──皆の子。私達、全員の子。
武雄の腕の中で、法子はそれを念じ続けた。一日も早く、元気な男の子を産んで、志藤家の嫁としての一番の重責を果たしたかった。
そして翌日、知美は佐伯《さえき》という男を伴ってやってきた。法子達は以前にも増して彼女達を歓迎し、愛想良く、オープンに家中を案内した。知美が言っていた通り、佐伯は花壇の植物に並々ならぬ興味を抱いたらしく、花壇の前から動こうともしなくなった。法子は、隣で知美が退屈そうにしているのを認めると、すぐに彼女を部屋に誘った。
「いいよ、彼には私がご説明しよう」
武雄がにこにこと笑いながらうなずく。知美は、窺《うかが》うような目で佐伯を見ていたが、すぐに「そうね」と頷いた。
「アルバムを整理してたらね、高校の時の写真が出てきたのよ。知美も写ってるのがたくさんあるわ」
法子はにこにこと笑いながら知美に話しかけた。元来、植物になどそれほどの興味を持っていないはずの知美は、すぐに「見せて、見せて」と言い始めた。
「もう、草花のことになると目の色が変わるんだから。人間よりも植物の方が好きなんじゃないかしら」
彼女は、言葉とは裏腹に、嬉しそうに瞳を輝かせて言った。
「でも、素敵な彼じゃない」
「浮き世離れしてるっていうか、人間に対してはまるで無頓着《むとんちやく》なのよ」
知美はさらにそう言った。そして、ゆくゆくは結婚を考えても良いと思っているのだと頬《ほお》を赤らめた。法子はゆっくり相槌《あいづち》を打ちながら、彼女を応接間に誘った。
やがて、一、二時間もした頃、公恵が困惑した表情で応接間に顔を出した。
「知美さん、今ね、佐伯さん、お帰りになったの」
「ええっ。一人で、ですか?」
知美は驚いた顔を上げ、まるでわけが分からないという表情になった。
「急用を思い出したって仰《おつしや》ってね、知美さんを呼びましょうかって申し上げたんだけど、せっかくお邪魔しているんだから、そのままにしてやってくれって言われて」
公恵は困ったような、それでいて柔らかい表情で微笑《ほほえ》んでいる。そして、法子と目が合うと、いっそう優しい笑顔で「ねえ。残念ねえ」と言った。法子はほんの一瞬だけ、心臓がきゅんと縮み上がるのを感じ、それからゆっくりと頷き返した。全て、終わったということだ。
「お夕食でもご一緒にと思って、用意していたのに」
「もうっ、自分勝手なヤツなんだから!」
知美はすっかり機嫌を損ねた様子で、ぷうっと膨れ面になると、それから慌てて公恵に頭を下げた。勝手に帰ってしまった恋人の非礼を詫《わ》びる彼女の横顔には、既に決まった相手のいる、ある種の落ち着きを窺《うかが》わせるものがあった。
「気にしないで。きっと、本当に大切な用事だったのよ」
法子はほんのりと笑って見せて、そしてアルバムのページを繰った。そこには、何も知らずに無邪気に笑っている、セーラー服を着たかつての法子がいた。
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