□シエルの部屋
———いや、何を躊躇う必要があるっていうんだ。
先輩が朝食に誘ってくれているのに断るなんて、そんなもったいないコトをしたら男がすたる。
唯一の不安といえば、屋敷で琥珀さんの朝ごはんを食べてきた以上、先輩の用意してくれる朝食を食べきれるかどうかという事だけだ。
先輩が朝食に誘ってくれているのに断るなんて、そんなもったいないコトをしたら男がすたる。
唯一の不安といえば、屋敷で琥珀さんの朝ごはんを食べてきた以上、先輩の用意してくれる朝食を食べきれるかどうかという事だけだ。
【シエル】
「遠野くん? いきなり考え込んじゃってますけど、迷惑でした?」
「あ————まさか、そんなコトないですっ! ええ、もう覚悟は決めました。よろこんでご馳走させていただきます」
「遠野くん? いきなり考え込んじゃってますけど、迷惑でした?」
「あ————まさか、そんなコトないですっ! ええ、もう覚悟は決めました。よろこんでご馳走させていただきます」
【シエル】
「良かった、二人分作った甲斐がありました。それじゃ急いで準備しますから、遠野くんは大人しく座って待っていてくださいね」
先輩はエプロンを片手に台所へ向かって行った。
「……………」
さて、どうしよう。
言われた通り大人しく待つのもいいけど、なんとなく手持ち無沙汰だ。
満腹とまでいかないまでも、胃はさらなる食事を必要としていない。朝食を摂ったばかりの胃は食物をまったく脳に要求しておらず、この状態で先輩のごっついメニューと対峙するのは自殺行為だろう。
「——————よし」
一念発起、腕立て伏せを始めてみる。
とにかく運動して、体内に蓄積したエネルギーを少しでも消費するしかない。
「遠野くん、ちょっと台所に来てほしいんですけどー!」
と、台所から先輩の声。
「はいはい、今行きますー」
腕立て伏せ、中止。
汗を拭って台所へ移動した。
「なんですか、先輩?」
「いえ、遠野くんは朝ごはんどのくらい食べるのかなって。遠野くんは好き嫌いはないですけど、あんまりたくさん食べないでしょう?」
「あ、いやあんまり食べないってワケでもないんだけど……」
今はその気配りが渡りに船だった。
せっかく出されたものを残すのは絶対に避けたいし、それなら始めから少しだけごはんを盛ってもらえばいい。
「今朝はあんまり食べられそうにないです。半人前ぐらいでお願いします」
「はい。それでは遠野くんは少なめというコトで」
笑顔で頷いて鍋をかき混ぜるシエル先輩。
「う——————」
エプロン姿で朝食の支度をする先輩を前にして、つい口元が緩んでしまった。
……こういうのって、きっとすごく幸せなコトなんだと思う。
笑顔で朝食の支度をしてくれる誰か。
朝ごはんの匂いのする食卓。
自分が空腹じゃないのは残念だけど、この香辛料の塊みたいな薫りは食欲を刺激してくれて———
「はい。それでは遠野くんは少なめというコトで」
笑顔で頷いて鍋をかき混ぜるシエル先輩。
「う——————」
エプロン姿で朝食の支度をする先輩を前にして、つい口元が緩んでしまった。
……こういうのって、きっとすごく幸せなコトなんだと思う。
笑顔で朝食の支度をしてくれる誰か。
朝ごはんの匂いのする食卓。
自分が空腹じゃないのは残念だけど、この香辛料の塊みたいな薫りは食欲を刺激してくれて———
————はい? 香辛料の塊ってなんだ?
「—————って、ちょっと待て」
そこで、自分がとんでもない見落としに気が付いた。
「あの、先輩」
ぺろり、と小皿に盛ったスープの味見をしている先輩に話しかける。
「ん? なんですか遠野くん?」
「あの、ですね。言い忘れていたんですけど、朝は体調が安定しないんです、俺」
「知ってますよ。今朝は調子がいいみたいですけどね」
にこり、と笑うシエル先輩。
……う。そういう顔をされるとますます言いにくくなる。
そこで、自分がとんでもない見落としに気が付いた。
「あの、先輩」
ぺろり、と小皿に盛ったスープの味見をしている先輩に話しかける。
「ん? なんですか遠野くん?」
「あの、ですね。言い忘れていたんですけど、朝は体調が安定しないんです、俺」
「知ってますよ。今朝は調子がいいみたいですけどね」
にこり、と笑うシエル先輩。
……う。そういう顔をされるとますます言いにくくなる。
「それで、ですね。普通の朝食なら人並みには食べられるんですけど、朝はあんまり刺激の強いモノは食べられないというか、その、和食以外は受け付けないというか」
「?」
ん、と不思議そうに首を傾げる。
「いや、和食だけってワケでもないんですけど、出来れば和食がいいかなって。特にその、辛いものとか油っこいものとは絶望的に相性が悪いかなー、と」
「はあ? 何が言いたいんですか、遠野くんは」
「?」
ん、と不思議そうに首を傾げる。
「いや、和食だけってワケでもないんですけど、出来れば和食がいいかなって。特にその、辛いものとか油っこいものとは絶望的に相性が悪いかなー、と」
「はあ? 何が言いたいんですか、遠野くんは」
「……そのぉ、ぶっちゃけて言うとですね。朝からカレーはイヤだなあ、と……」
「—————————————」
ぴしり、と。
台所の空気がひび割れたような沈黙。
「……遠野くん。つまり、それは」
「いや、先輩のカレーが嫌いワケじゃないですっ! くわえてカレーを軽んじているワケでもなくてですね、今のお腹の状態でカレーなんて食べたら間違いなく戻してしまうというか———」
「いや、先輩のカレーが嫌いワケじゃないですっ! くわえてカレーを軽んじているワケでもなくてですね、今のお腹の状態でカレーなんて食べたら間違いなく戻してしまうというか———」
「—————————————」
ひぃいいいい! やっぱり怒ったよこの人!
ひぃいいいい! やっぱり怒ったよこの人!
「……遠野くん」
「は、はい、食べます!カレー、実は大好きです!
何を隠そうすでにうちでカレー食べてきました!」
「……あんまりおかしなコト言わないでください。朝食をカレーにするなんて、それじゃまるでインドの人みたいじゃないですか。遠野くん、わたしのことそんな風に見ていたんですか?」
拗ねた風に、先輩はそう言った。
「は、はい、食べます!カレー、実は大好きです!
何を隠そうすでにうちでカレー食べてきました!」
「……あんまりおかしなコト言わないでください。朝食をカレーにするなんて、それじゃまるでインドの人みたいじゃないですか。遠野くん、わたしのことそんな風に見ていたんですか?」
拗ねた風に、先輩はそう言った。
「——————え?」
「今朝はパン食ですよ。コンソメスープとサラダをつけた当たり前の朝食です。見れば判ると思いますけど」
「え—————え!?」
そんなのヘンだ。
だって、先輩は先輩じゃないか。
シエル先輩といえばカレー、カレーといえばシエル先輩だ。
いや、カレーじゃない先輩なんてシエル先輩じゃないっていうのに、その先輩がパン食だって……!?
「よ、読めたぞ先輩。そういって安心させておいて、実は全部カレーパンだっていうんだろう!」
「残念ですがカレーパンでもありません。だいたいですね、朝からカレーを食べるなんて失礼でしょう」
はい、とお皿にコンソメスープを注ぐシエル先輩。
「遠野くん、冷蔵庫からマーガリンとマーマレイドを出してください。準備が出来ましたから朝食にしましょう」
先輩はテキパキとテーブルに二人分の朝食を並べていく。
……先輩の言うとおり、朝食はサッパリとした、俺でも食べられるような理想的な内容だった。
「残念ですがカレーパンでもありません。だいたいですね、朝からカレーを食べるなんて失礼でしょう」
はい、とお皿にコンソメスープを注ぐシエル先輩。
「遠野くん、冷蔵庫からマーガリンとマーマレイドを出してください。準備が出来ましたから朝食にしましょう」
先輩はテキパキとテーブルに二人分の朝食を並べていく。
……先輩の言うとおり、朝食はサッパリとした、俺でも食べられるような理想的な内容だった。
「———うわ。ほんとにカレーじゃない」
「当たり前ですっ。だいたいですね、ごちそうというのは夕食にいただくのが一番おいしいでしょう? ですからカレーライスを夕食以外にいただくなんて冒涜ですよ、もう」
ぷんぷんと怒るシエル先輩。
「——————あ、そういうワケですか」
なんか、納得。
「当たり前ですっ。だいたいですね、ごちそうというのは夕食にいただくのが一番おいしいでしょう? ですからカレーライスを夕食以外にいただくなんて冒涜ですよ、もう」
ぷんぷんと怒るシエル先輩。
「——————あ、そういうワケですか」
なんか、納得。
「先輩、好きなものを好きなものでいられるように我慢するタイプなんだね」
冷蔵庫からマーガリンとマーマレイドを取り出す。
そんな俺とは正反対の方、スープの鍋の横にある鍋におたまを入れる先輩。
「うーん、そうなんでしょうか? 自分じゃそんなつもりはないんですけどねー」
とろり、と鍋からお皿に移されるカレー。
冷蔵庫からマーガリンとマーマレイドを取り出す。
そんな俺とは正反対の方、スープの鍋の横にある鍋におたまを入れる先輩。
「うーん、そうなんでしょうか? 自分じゃそんなつもりはないんですけどねー」
とろり、と鍋からお皿に移されるカレー。
「……先輩。今、何をお皿に加えました?」
「あ、これは遠野くん用ではなく自分用ですから気にしないでください。一晩寝かしたルーでパンを食べるとですね、一日頑張るぞーって元気になれちゃうんです、わたし」
……そうか、それが台所に満ちたカレーの匂いの正体か。
「あ、これは遠野くん用ではなく自分用ですから気にしないでください。一晩寝かしたルーでパンを食べるとですね、一日頑張るぞーって元気になれちゃうんです、わたし」
……そうか、それが台所に満ちたカレーの匂いの正体か。
「……なあ先輩。カレーは夕食にとっておくんじゃないのかよ」
どんな答えが返ってくるか分かっていながらも質問する。
「はい? これ、カレーをかけたパンであって、カレーライスじゃないですよ」
「やっぱりな。ああ、きっとそう言うと思ったよ、先輩」
どんな答えが返ってくるか分かっていながらも質問する。
「はい? これ、カレーをかけたパンであって、カレーライスじゃないですよ」
「やっぱりな。ああ、きっとそう言うと思ったよ、先輩」
□シエルの部屋
朝食を終えて、少し休んでから学校に行く事になった。
朝食を終えて、少し休んでから学校に行く事になった。
【シエル】
「今からじゃ三時限目に間に合うか、という所ですか。なんだかのんびりしすぎちゃいましたね」
「だね。けどまあ、たまにはこういうのもいいんじゃない?」
「だね。けどまあ、たまにはこういうのもいいんじゃない?」
【シエル】
「ふふ、そうですね。なんだか家族になったみたいでくつろげました」
……う。分かっているのかいないのか、先輩は思わせぶりなコトを言う。
……う。分かっているのかいないのか、先輩は思わせぶりなコトを言う。
「それじゃ行こうか。学校の近くになったら別れなくちゃいけないけど、それまで一緒に行ける」
【シエル】
「はい。それでは行きましょうか、志貴くん」
遠野くん、とではなく志貴くん、と言って先輩は先に部屋を後にした。
「—————————」
それに気の利いた言葉を返す事もできず、慌てて先輩の後についていった。