□遠野家居間
「翡翠、一人で客間の整理をするんだっけ……」
屋敷の掃除は翡翠の管轄だ。
琥珀さんに館内の清掃を任せると壺が割れたり絵に傷がついたり絨毯が燃えたりするので、任せられるのは翡翠だけになっている。
言うなれば琥珀さんは遠野家のポルターガイスト、翡翠はそれの後始末に奔走する掃除屋さんだ。
とまあ、そんなコトを抜きにしても翡翠は片付けのプロなんだそうだ。とくに散らかった物置なんかを片付けさせると物凄い才能を発揮するらしいけど……
屋敷の掃除は翡翠の管轄だ。
琥珀さんに館内の清掃を任せると壺が割れたり絵に傷がついたり絨毯が燃えたりするので、任せられるのは翡翠だけになっている。
言うなれば琥珀さんは遠野家のポルターガイスト、翡翠はそれの後始末に奔走する掃除屋さんだ。
とまあ、そんなコトを抜きにしても翡翠は片付けのプロなんだそうだ。とくに散らかった物置なんかを片付けさせると物凄い才能を発揮するらしいけど……
「翡翠、力ないからな……重い物があったらタイヘンだろうし」
うん、そういった理由で何か手伝いができるかもしれない。
翡翠が向かった客間は遊戯室の隣だっけ———
うん、そういった理由で何か手伝いができるかもしれない。
翡翠が向かった客間は遊戯室の隣だっけ———
□屋敷の物置
ドアを軽くノックして中に入る。
……何か物が引っかかっているのか、ドアは半分しか開かなかった。
「うわあ、こりゃまた……」
ひどい、という言葉を呑み込んで部屋を見渡す。
どのくらい放置されていたのか、客間は荒れ放題散らかり放題だった。
床は足の踏み場もないぐらい物が溢れているし、壁やテーブルも随分と手入れがされていないように見える。
ここまで酷いと客間というのもおこがましい。
……何か物が引っかかっているのか、ドアは半分しか開かなかった。
「うわあ、こりゃまた……」
ひどい、という言葉を呑み込んで部屋を見渡す。
どのくらい放置されていたのか、客間は荒れ放題散らかり放題だった。
床は足の踏み場もないぐらい物が溢れているし、壁やテーブルも随分と手入れがされていないように見える。
ここまで酷いと客間というのもおこがましい。
「……翡翠、いる?」
部屋の奥に声をかける。
「志貴さまですか? 申し訳ありません、すぐに参ります……!」
隣の部屋から翡翠の声。
がたん、がつん、とテーブルやら本棚にぶつかる音をたてながら翡翠が隣部屋からやってきた。
部屋の奥に声をかける。
「志貴さまですか? 申し訳ありません、すぐに参ります……!」
隣の部屋から翡翠の声。
がたん、がつん、とテーブルやら本棚にぶつかる音をたてながら翡翠が隣部屋からやってきた。
【翡翠】
「———お待たせいたしました。何かご用でしょうか志貴さま」
はあ、と静かに息を整える翡翠。その額にはうっすらと汗がうかんでいて、力仕事をしていたのは明白だ。だっていうのに疲れた素振りもなく、いつも通りにおじぎをしてくれるのは有り難いというか申し訳ないというか。
はあ、と静かに息を整える翡翠。その額にはうっすらと汗がうかんでいて、力仕事をしていたのは明白だ。だっていうのに疲れた素振りもなく、いつも通りにおじぎをしてくれるのは有り難いというか申し訳ないというか。
「志貴さま?」
「あ、うん。……その、ちょっと時間が空いたから手伝いをしにきた。翡翠は嫌がるかもしれないけど、俺に出来るのは力仕事ぐらいなもんだろ? ってコトで、ここでしか役に立てそうにないんだ」
「あ、うん。……その、ちょっと時間が空いたから手伝いをしにきた。翡翠は嫌がるかもしれないけど、俺に出来るのは力仕事ぐらいなもんだろ? ってコトで、ここでしか役に立てそうにないんだ」
【翡翠】
「いいえ、そのような事は決して。志貴さまはどのような場所でも優れた結果をお出しになられる方です。
【翡翠】
【翡翠】
……その、わたしの方こそこのような事しか取柄がないのですから、どうかこの場はお任せ願えないでしょうか」
……う、やっぱり断られたか。
翡翠は責任感が強い上に潔癖症という、実はこの上ないほどの完璧主義者だ。
そんなわけで仕事を任された以上一人でこなすのは当たり前、くわえて俺が手伝うなんてのはルール違反なんだろう。
……う、やっぱり断られたか。
翡翠は責任感が強い上に潔癖症という、実はこの上ないほどの完璧主義者だ。
そんなわけで仕事を任された以上一人でこなすのは当たり前、くわえて俺が手伝うなんてのはルール違反なんだろう。
「————はあ。やっぱりハッキリ言わないと翡翠には分からないか」
【翡翠】
「? 志貴さま、それはどういう———」
「だから時間が空いてたっていうのは口実で、単に翡翠と一緒にいたいから手伝いに来ただけなんだってコト。翡翠と片付けするのは楽しいし、翡翠が楽できるなら嬉しいんだ。……それが手伝いたい理由っていうのじゃダメかな」
「だから時間が空いてたっていうのは口実で、単に翡翠と一緒にいたいから手伝いに来ただけなんだってコト。翡翠と片付けするのは楽しいし、翡翠が楽できるなら嬉しいんだ。……それが手伝いたい理由っていうのじゃダメかな」
【翡翠】
「——————————」
ぼっ、と音がでるぐらい頬を真っ赤にする翡翠。
……恥ずかしいのはこっちも同じで、きっと負けないぐらい赤面していると思う。
ぼっ、と音がでるぐらい頬を真っ赤にする翡翠。
……恥ずかしいのはこっちも同じで、きっと負けないぐらい赤面していると思う。
「と、いうワケなんだけど……手伝っていいかな、翡翠」
「………………………」
翡翠は答えない。
いつもと同じ、止まっているかのような静かな動作と沈黙のあと。
【翡翠】
「…………はい。それでは指示を出させていただきますので、志貴さまのお手をお借りします」
消え入りそうなほど小さな声で、翡翠は嬉しそうにそう言った。
消え入りそうなほど小さな声で、翡翠は嬉しそうにそう言った。
□屋敷の物置
————そういう訳で片付けである。
どうやらこの部屋は臨時の物置として使われていて、新しい物置が出来たとたんにそのままにして封印されていた物らしい。
「……親父もけっこういい加減な人だったんだな」
何に使うのか見当もつかない器具をダンボールに仕舞う。……他には分厚い本だのファイルのように重ねられた絵画だの、一見ゴミのようでとんでもない値打ち物が転がっていて、体力より神経をつかいそうだ。
————そういう訳で片付けである。
どうやらこの部屋は臨時の物置として使われていて、新しい物置が出来たとたんにそのままにして封印されていた物らしい。
「……親父もけっこういい加減な人だったんだな」
何に使うのか見当もつかない器具をダンボールに仕舞う。……他には分厚い本だのファイルのように重ねられた絵画だの、一見ゴミのようでとんでもない値打ち物が転がっていて、体力より神経をつかいそうだ。
【翡翠】
「槙久さまは蒐集家ではあったのですが、一度手に入れてしまった物に対する執着はありませんでした。
槙久さまには槙久さまの理論があったのでしょうが、奥さまは志貴さまと同じ意見だったようです」
隣で本を分別していた翡翠が答える。
「ははあ。その様子じゃ翡翠も同じ意見ってワケだ」
こっちは翡翠を視界の隅に収めつつ、手探りでテーブル上の骨董品を掴んで仕舞った。
槙久さまには槙久さまの理論があったのでしょうが、奥さまは志貴さまと同じ意見だったようです」
隣で本を分別していた翡翠が答える。
「ははあ。その様子じゃ翡翠も同じ意見ってワケだ」
こっちは翡翠を視界の隅に収めつつ、手探りでテーブル上の骨董品を掴んで仕舞った。
【翡翠】
「ぁ———いえ、使用人が主を評するコトなどありません。今のはあくまで奥さまの意見です」
「はいはい、そういうことにしておくよ。俺も気をつけなくちゃな、翡翠の前ぐらいは整理整頓しないと嫌われちまう」
「はいはい、そういうことにしておくよ。俺も気をつけなくちゃな、翡翠の前ぐらいは整理整頓しないと嫌われちまう」
さらに次の骨董品。……今度はわりかし重い。
【翡翠】
「志貴さま。そのような事はないと何度申し上げればいいのですか」
「何度申し上げてもダメだよ。そもそもこっちが翡翠に助けてもらってるんだから、翡翠はもっと俺に言いたい放題していいんだぞ。もっと早く起きろー、とかちゃんと予定通り帰って来ーい、とか」
んでさらに次。……あれ、次のは、と……
「……そのような事は申し上げられません。わたしの主人は志貴さまなのですから、使用人が主の予定に従うのは当然の義務です」
「———う、またそれを言う。その決め台詞を言われると、こっちは完全に手詰まりにな———」
お、手応えあり。
……って、なんか違う。骨董品にしては柔らかいというか、平たいという、か————
……って、なんか違う。骨董品にしては柔らかいというか、平たいという、か————
「—————————————」
途端、時間が止まった。
途端、時間が止まった。
「あ————————」
声がうまく出ない。何か、何か言わなくちゃいけないんだけど、なんていうか——�
「あの、これ、は————————」
ちっくたっくちっくたっく。
時計の秒針がやけにうるさくて、自分の声がかき消されるような錯覚。
どくんどくんどっくんどっくん。
秒針に対抗心を燃やしたのか、鼓動までやかましくなっちまってますます声が出なくなる。
声がうまく出ない。何か、何か言わなくちゃいけないんだけど、なんていうか——�
「あの、これ、は————————」
ちっくたっくちっくたっく。
時計の秒針がやけにうるさくて、自分の声がかき消されるような錯覚。
どくんどくんどっくんどっくん。
秒針に対抗心を燃やしたのか、鼓動までやかましくなっちまってますます声が出なくなる。
つい、と。
緊張して混乱している俺とは正反対に、あくまで冷静に翡翠は視線を落とした。
無言で自分の胸を見る翡翠。
そこにはどうやっても言い訳がきかないコトをしている俺の手の平がある。
「———————————————」
手。そうだ、手を引かないと。
「あ———————————れ」
うわあ、動きゃしねえ……!
ここで手を引いて謝れば誤解だって分かってもらえるっていうのに、なんで体がこんなにガチガチになってるんだ、俺は……!
「翡翠、これは————」
誤解だ、なんて言っても説得力はまるでない。なんたって俺の手はまだ翡翠の胸に触れているんだから。
手。そうだ、手を引かないと。
「あ———————————れ」
うわあ、動きゃしねえ……!
ここで手を引いて謝れば誤解だって分かってもらえるっていうのに、なんで体がこんなにガチガチになってるんだ、俺は……!
「翡翠、これは————」
誤解だ、なんて言っても説得力はまるでない。なんたって俺の手はまだ翡翠の胸に触れているんだから。
「—————————————」
翡翠は無言で俺の手を見詰めている。
……と。混乱してパニクッてる俺とは違って翡翠はいつものままだ。
……そっか、賢明な翡翠のことだから、これが事故だってちゃんと分かってくれているんだ……!
「そ、そうなんだ翡翠、これはただの偶然であって、決してワザとやったわけじゃないっ……!」
必死になって言い訳する。
翡翠は無言で俺の手を見詰めている。
……と。混乱してパニクッてる俺とは違って翡翠はいつものままだ。
……そっか、賢明な翡翠のことだから、これが事故だってちゃんと分かってくれているんだ……!
「そ、そうなんだ翡翠、これはただの偶然であって、決してワザとやったわけじゃないっ……!」
必死になって言い訳する。
「———————————」
あ。
これは、まずい。
翡翠は冷静になっていてくれたんじゃない。
翡翠は俺以上に、それこそ言い訳を考える余裕がないぐらい、頭を真っ白にして混乱していたのだ。
あ。
これは、まずい。
翡翠は冷静になっていてくれたんじゃない。
翡翠は俺以上に、それこそ言い訳を考える余裕がないぐらい、頭を真っ白にして混乱していたのだ。
「———————————」
けど、それは分かるし悪いとは思うけど、その顔は反則だ。
そんな顔をされると本当に俺が全面的に悪かったような、そんな気がしてどうしようもない気持ちになる———�
「————————————」
「————————————」
……お互い動けないまま時間が過ぎる。
少しでも動けば翡翠が泣き出してしまいそうで、とてもじゃないけど動けない。
ああ、だれかこの地獄から俺たちを助けてくれぇ……!
けど、それは分かるし悪いとは思うけど、その顔は反則だ。
そんな顔をされると本当に俺が全面的に悪かったような、そんな気がしてどうしようもない気持ちになる———�
「————————————」
「————————————」
……お互い動けないまま時間が過ぎる。
少しでも動けば翡翠が泣き出してしまいそうで、とてもじゃないけど動けない。
ああ、だれかこの地獄から俺たちを助けてくれぇ……!
「あーーーーーーーー! 志貴さん、翡翠ちゃんにイタズラしてるーーーーーーーー!」
□屋敷の物置
と。
望んでいた助っ人は、さらに事態を悪化させるような叫びを屋敷中に響かせやがった。
……もとい、響かせてしまいました。
望んでいた助っ人は、さらに事態を悪化させるような叫びを屋敷中に響かせやがった。
……もとい、響かせてしまいました。
「琥珀、今のはいったいどういう意味よ———!」
ドタタタタ、という土煙をあげて客間に突入してくる秋葉。
……俺の前には凍りついた翡翠と、ひどいひどいとハンカチを噛んでいる琥珀さんと、般若もあわやという迫力でやってきた秋葉がいる。
「…………………死んだな」
ああ、死んだとも。
ぼんやりと呟いて、人間が死ぬのなんていつも唐突なんだろうなあ、と見逃しやすい真実を実感した。
ああ、死んだとも。
ぼんやりと呟いて、人間が死ぬのなんていつも唐突なんだろうなあ、と見逃しやすい真実を実感した。
□屋敷の物置
「……兄さん。その電灯は気に入りませんから替えてください。替えの物はどこにあるの翡翠」
「————————」
俯いたまま秋葉の傍らで答える翡翠。
「代えは東館の屋根裏部屋にあるそうです。ん? あ、そうなの? いま兄さんが片付けたのはゴミだから焼却炉に持っていけって?」
「————————」
ぼそぼそと呟く翡翠。
「……兄さん。その電灯は気に入りませんから替えてください。替えの物はどこにあるの翡翠」
「————————」
俯いたまま秋葉の傍らで答える翡翠。
「代えは東館の屋根裏部屋にあるそうです。ん? あ、そうなの? いま兄さんが片付けたのはゴミだから焼却炉に持っていけって?」
「————————」
ぼそぼそと呟く翡翠。
「だそうです。まずはそのゴミを片付けてくださいね。あ、それからそこの黒い本と白い本はお父様の書斎に持っていってください。窓際の本棚の三段目に空きスペースがあって、本来はそこに入っていた本なんですって」
「————————」
「絨毯も替えたい? そうね、たしかにこれは見苦しいもの。そうなるといったん家具を外に運ばないといけませんね、兄さん」
「————————」
「絨毯も替えたい? そうね、たしかにこれは見苦しいもの。そうなるといったん家具を外に運ばないといけませんね、兄さん」
「…………………ちょっと、待て」
容赦なく続く指示に待ったをかける。
「おまえは、鬼か。このままじゃ、過労死しても、おかしくないぞ」
ていうか殺す気だろう、おまえ。
容赦なく続く指示に待ったをかける。
「おまえは、鬼か。このままじゃ、過労死しても、おかしくないぞ」
ていうか殺す気だろう、おまえ。
【秋葉】
「……ふうん。まだ減らず口を利ける余裕があったんだ、兄さん。翡翠にあんなコトしといて随分と態度が大きいんですね」
「うっ……だから、反省してるって言ってるのに……」
秋葉も琥珀さんも許してくれないのは、酷いと思う。
「……ふうん。まだ減らず口を利ける余裕があったんだ、兄さん。翡翠にあんなコトしといて随分と態度が大きいんですね」
「うっ……だから、反省してるって言ってるのに……」
秋葉も琥珀さんも許してくれないのは、酷いと思う。
【秋葉】
「そんなのは当然よ。けどそれじゃあ気が済まないから、せめて翡翠の仕事を肩代わりすると言い出したのは兄さんでしょう? ならつべこべ言わずにさっさと仕事を済ましてください」
「そんなのは当然よ。けどそれじゃあ気が済まないから、せめて翡翠の仕事を肩代わりすると言い出したのは兄さんでしょう? ならつべこべ言わずにさっさと仕事を済ましてください」
……ちぇ。さっきはそうでも言わないと殺されかねない状況だったんだってば。
だいたい翡翠は事故だって分かってくれたのに、部外者の秋葉と琥珀さんが裁判官になるのは間違っていると思う。
【秋葉】
「ほらそこ、さぼらない! サッサとゴミを捨ててくる!」
「——————ああもう、分かりましたよ!」
「ほらそこ、さぼらない! サッサとゴミを捨ててくる!」
「——————ああもう、分かりましたよ!」
よいしょ、とダンボール一杯のガラクタを持つ。
……うー、今日の午前中は今までにないぐらいハードな半日になりそうだ……