□遠野家居間
「そっか、琥珀さんは午前中お休みなのか」
それなら少しお邪魔しても迷惑はかからないだろう。
「———————よし」
たまにはこっちの方でお茶とお菓子を準備して、琥珀さんを誘ってみよう。
それなら少しお邪魔しても迷惑はかからないだろう。
「———————よし」
たまにはこっちの方でお茶とお菓子を準備して、琥珀さんを誘ってみよう。
□屋敷の廊下
お湯の入ったヤカンと急須、甘味処の羊羹をお盆に載せて琥珀さんの部屋までやってきた。
ちなみに和菓子は台所にある買い置きの物ではなく、私財を投じて調達しておいた、有間家時代からお気に入りの店の逸品だったりする。
お湯の入ったヤカンと急須、甘味処の羊羹をお盆に載せて琥珀さんの部屋までやってきた。
ちなみに和菓子は台所にある買い置きの物ではなく、私財を投じて調達しておいた、有間家時代からお気に入りの店の逸品だったりする。
「琥珀さーん、お茶しませーん?」
コンコン、とドアをノックする。
「あれ、志貴さんですか?」
意外そうな声が聞こえてきて、ガチャリとドアが開かれる。
コンコン、とドアをノックする。
「あれ、志貴さんですか?」
意外そうな声が聞こえてきて、ガチャリとドアが開かれる。
【琥珀】
「わ。志貴さん、豪勢なお盆を持ってますけどどうなされたんですか?」
「はい。やる事がなくて暇なので、午前中がお休みなら話し相手になってもらえないかなー、と参上しました。お茶と羊羹を差し上げますので、中に入れてくれると嬉しいです」
どうぞ、とお盆を琥珀さんに献上する。
「はい。やる事がなくて暇なので、午前中がお休みなら話し相手になってもらえないかなー、と参上しました。お茶と羊羹を差し上げますので、中に入れてくれると嬉しいです」
どうぞ、とお盆を琥珀さんに献上する。
【琥珀】
「———————」
よほど意外だったのか、琥珀さんは固まってしまった。
「いや、忙しいのならいいんです。どうもお邪魔しました」
よほど意外だったのか、琥珀さんは固まってしまった。
「いや、忙しいのならいいんです。どうもお邪魔しました」
【琥珀】
「あ、いえ、そんな事ありません……! あの、志貴さんにお誘いいただけるのは嬉しいんですがこういう不意討ちには慣れてなくて、つい……!」
と、一変して火がついたように声を上げる琥珀さん。
と、一変して火がついたように声を上げる琥珀さん。
「……えっと、それはつまりオッケーという事ですか?」
「はい、もちろんです。……と、その前にちょっといいですか?」
「はい、もちろんです。……と、その前にちょっといいですか?」
琥珀さんはしー、と口に指をあててから、きょろきょろと廊下を見渡す。
「? 琥珀さん、なにしてるんですか?」
【琥珀】
「いえいえ、なんでもないんです。
そんなことよりどうぞ中に入ってください。退屈していたのはわたしも同じだったんです」
そんなことよりどうぞ中に入ってください。退屈していたのはわたしも同じだったんです」
言って、琥珀さんはさあさあと俺の背中を押して部屋へと招き入れてくれた。
□琥珀の部屋
……そんなこんなで、琥珀さんの部屋でまったりと過ごす事になった。
この屋敷で唯一テレビがあるこの部屋にいる以上、なんとなくテレビはつけっぱなしになってしまう。
……そんなこんなで、琥珀さんの部屋でまったりと過ごす事になった。
この屋敷で唯一テレビがあるこの部屋にいる以上、なんとなくテレビはつけっぱなしになってしまう。
【琥珀】
「あ、ちょっといいですか?」
時計の針が十一時を指した頃、琥珀さんはテレビのチャンネルを変えた。
そうしてブラウン管に映し出されたのは歌舞伎の舞台。
……和服を仕事着にしているあたり和風なんだなー、と思っていたけど、琥珀さんはその趣味も和風らしい。
テレビからは歌舞伎特有の、なんだか呪文みたいな口上が流れてくる。
「……あれ。これ、怪談話?」
何言っているか判らないまでも、舞台の雰囲気で怪談話と読み取れた。
「……あれ。これ、怪談話?」
何言っているか判らないまでも、舞台の雰囲気で怪談話と読み取れた。
【琥珀】
「そうですね、これは鍋島の猫騒動みたいです。殺されて壁に塗りこまれた主人の血を舐めた猫が、お化けになって復讐するお話なんですよ」
「……はあ。壁に塗りこまれたって、随分と生々しい殺されかたですね、それ」
「……はあ。壁に塗りこまれたって、随分と生々しい殺されかたですね、それ」
「あ、厳密にいうと違うんです。これはですね、松平丹後守という人が又七郎という人を斬り殺してしまい、それを隠すために死体を壁に塗りこんでしまったんです。
ですが殺された又七郎は怨念から幽霊となってしまい、自分が塗りこまれた壁から血みどろのまま化けてでてくる。その又七郎の血を舐めた又七郎の飼い猫が変化しまして、松平丹後守の妻に化けてお屋敷の中を少しずつ狂わせていくんですね」
淡々と内容を説明する琥珀さん。
……前から思ってたけど、琥珀さんってお化けとか幽霊に強いんだろうなあ、きっと。
ですが殺された又七郎は怨念から幽霊となってしまい、自分が塗りこまれた壁から血みどろのまま化けてでてくる。その又七郎の血を舐めた又七郎の飼い猫が変化しまして、松平丹後守の妻に化けてお屋敷の中を少しずつ狂わせていくんですね」
淡々と内容を説明する琥珀さん。
……前から思ってたけど、琥珀さんってお化けとか幽霊に強いんだろうなあ、きっと。
「……ふうん。しかし化け猫ですか。それは猫又とは違うものなんでしょうかね」
ふと思いついた疑問を口にする。
「違うモノだと思いますよ。猫又というのは年を経てお化けになったモノで、こちらは主人の血でお化けになったモノでしょう? ですから百猫伝の猫は中国でいう所のビョウキに近いと思います」
「ビョウキ? それって病気のビョウキですか?」
ふと思いついた疑問を口にする。
「違うモノだと思いますよ。猫又というのは年を経てお化けになったモノで、こちらは主人の血でお化けになったモノでしょう? ですから百猫伝の猫は中国でいう所のビョウキに近いと思います」
「ビョウキ? それって病気のビョウキですか?」
「いえいえ、猫の鬼と書いて猫鬼です。大陸の方では猫は呪詛に用いるモノで、猫そのものに力はなく術者が人為的に猫を呪いの手先にするんですね。
そういった所で又七郎の猫と猫鬼は分類が似ていると思います。あくまで外的要因で人を呪う、というコトが」
……ふむ、さすが琥珀さん。その正体不明の博識ぶり、屋敷で一番謎の多い人というあだ名は伊達じゃない。
そういった所で又七郎の猫と猫鬼は分類が似ていると思います。あくまで外的要因で人を呪う、というコトが」
……ふむ、さすが琥珀さん。その正体不明の博識ぶり、屋敷で一番謎の多い人というあだ名は伊達じゃない。
「ですが、猫又とこの歌舞伎に出てくる猫は行動原理が似ていますね。
猫又というのは人を食らう恐ろしいお化けですが、基本的に主人の仇討ちでなければ人を襲う事はしないそうです。ですから、猫又は自分から人を襲ったりはしないんですよ」
「ははあ。たしかにこの百猫伝の化け猫は主人の仇討ちをしていますね」
呪うという言葉は物騒だが、そのあたり一途といえば一途といえるかもしれない。
猫又というのは人を食らう恐ろしいお化けですが、基本的に主人の仇討ちでなければ人を襲う事はしないそうです。ですから、猫又は自分から人を襲ったりはしないんですよ」
「ははあ。たしかにこの百猫伝の化け猫は主人の仇討ちをしていますね」
呪うという言葉は物騒だが、そのあたり一途といえば一途といえるかもしれない。
【琥珀】
「あ、そうだ志貴さん。怪談といえば、このお屋敷にまつわる噂を知っていますか?」
と。いきなり意地の悪い微笑みをうかべる琥珀さん。
「……知らないです。というか、あまり知りたくありません」
「もう、男の子なんですからそんなコト言わないでくださいな。ちょっと信憑性があるだけの噂話なんですから、サラッと聞いてみたいとか思いません?」
「そんな、ちょっとでも信憑性のある怪談なんて聞きたくありません」
きっぱりと断る。
と。いきなり意地の悪い微笑みをうかべる琥珀さん。
「……知らないです。というか、あまり知りたくありません」
「もう、男の子なんですからそんなコト言わないでくださいな。ちょっと信憑性があるだけの噂話なんですから、サラッと聞いてみたいとか思いません?」
「そんな、ちょっとでも信憑性のある怪談なんて聞きたくありません」
きっぱりと断る。
「あ、志貴さんつれないです。ほんのちょっと、できるだけソフトに説明しますから聞いてくださいませんか?」
ニジニジとにじり寄ってくる琥珀さん。
対して、こちらはジリジリと引きさがる。
「ね、志貴さん。面白い話なんですから聞いてくださいません?」
「結構です。そういう話は秋葉か翡翠にでもしてください」
「それがですね、翡翠ちゃんと秋葉さまには一度お話して以来、二度とわたしの噂話は聞かないと絶縁状を渡されてしまいまして」
はあ、と残念そうにため息をつく琥珀さん。
ニジニジとにじり寄ってくる琥珀さん。
対して、こちらはジリジリと引きさがる。
「ね、志貴さん。面白い話なんですから聞いてくださいません?」
「結構です。そういう話は秋葉か翡翠にでもしてください」
「それがですね、翡翠ちゃんと秋葉さまには一度お話して以来、二度とわたしの噂話は聞かないと絶縁状を渡されてしまいまして」
はあ、と残念そうにため息をつく琥珀さん。
……なんか、嫌がる翡翠に無理やり怪談を聞かせている琥珀さんの姿がリアルに想像できてしまった。これがまた、翡翠も翡翠で無理して無表情でいようとするもんだからえもしれぬ緊迫感があるというかなんというか。
「———あ。琥珀さん、もう十一時半だぜ。そろそろ昼食の支度をしないとまずいんじゃないか?」
びし、と時計を指差すと、琥珀さんはピタリと止まった。
びし、と時計を指差すと、琥珀さんはピタリと止まった。
【琥珀】
「……………ちぇ」
「……………ちぇ」
なんて、心底不満そうな顔をしながら立ち上がる。
□屋敷の廊下
【琥珀】
「まことに残念ですが、昼食の支度を始めますね。時間になったらお呼びしますから、それまでどうぞ寛いでいてください」
【琥珀】
「まことに残念ですが、昼食の支度を始めますね。時間になったらお呼びしますから、それまでどうぞ寛いでいてください」
パタパタと足音をたてて厨房へ向かう琥珀さん。
「あ、ところで琥珀さん。この話の化け猫、最後はどうなっちゃうんだ?」
【琥珀】
「それがですね、人間に化けた猫はうまいこと復讐を続けるんですけど、最後には化け猫とバレて退治されてしまうんです。つまり昔から完全犯罪は難しいものとして捉えられていた、という事でしょう」
…………いや。その結論は、違うと思う。
…………いや。その結論は、違うと思う。
「……最後には正体がバレた、か。けどどうして化け猫だとバレたんですか? やっぱり偉いお坊さんとかが出てきて退治したとか?」
【琥珀】
「いいえ。その猫さん、夜になると行灯の油を舐めているんですけど、その時障子に映っていた影が猫に見えて、化け猫の正体見たり、と騒ぎになっただけですよ」
「いいえ。その猫さん、夜になると行灯の油を舐めているんですけど、その時障子に映っていた影が猫に見えて、化け猫の正体見たり、と騒ぎになっただけですよ」
それでは、と琥珀さんは厨房へと去っていった。
「……………はあ。障子に映った影ですか」
というか、行灯の油を舐めているトコロで人間じゃないと気が付かないあたり、昔の人というのは寛大だったのだなあ。
というか、行灯の油を舐めているトコロで人間じゃないと気が付かないあたり、昔の人というのは寛大だったのだなあ。