*s176
□シエルの部屋
「———————————」
見なかった。
机の上の勉強道具なんて見なかったし、こんないい天気の日に部屋にこもって勉強なんてもっての外だ。
いつだって出来る勉強なんてぽいしちゃって、休日は休日しかできないコトをするべきなのだ!
見なかった。
机の上の勉強道具なんて見なかったし、こんないい天気の日に部屋にこもって勉強なんてもっての外だ。
いつだって出来る勉強なんてぽいしちゃって、休日は休日しかできないコトをするべきなのだ!
「決定。そういうワケなんで外にいこうぜ、先輩」
【シエル】
「……はあ。今日はまた一段と唐突ですね遠野くん」
「唐突なんかじゃないってば。今日はシエル先輩と遊ぶためにやってきたんだから、これはしごく当然の流れなんだって」
「……はあ。今日はまた一段と唐突ですね遠野くん」
「唐突なんかじゃないってば。今日はシエル先輩と遊ぶためにやってきたんだから、これはしごく当然の流れなんだって」
「うっ。遠野くんと遊ぶ、というのは確かに魅力的ですけど、その前に遠野くんにはやらなくてはいけない事が———」
「んー、遊ぶっていうのも正しくないかな。せっかくの休日なんだから遊びっていうよりはデートっていう響きのが正しい気がする」
「んー、遊ぶっていうのも正しくないかな。せっかくの休日なんだから遊びっていうよりはデートっていう響きのが正しい気がする」
【シエル】
「え、で、デートって、デートですか……!?」
「うい。先輩と買い物したり、お気に入りのレストランを教えてあげたり、夜になったら一緒に街を歩いたりしたいです」
「うい。先輩と買い物したり、お気に入りのレストランを教えてあげたり、夜になったら一緒に街を歩いたりしたいです」
【シエル】
「くっ……それは、その……魅力的、というか」
ごにょごにょと言葉を呑み込んで、机の上に用意した勉強道具とにらめっこをするシエル先輩。
「————————ふ」
勝ったな。
実は先輩、こう見えても形式に弱い。
遊ぶ、という言葉では責任感のが上にくるんだろうけど、デートという言葉が持つ甘いイメージには責任感がぽーいされちゃう筈だ。
勝ったな。
実は先輩、こう見えても形式に弱い。
遊ぶ、という言葉では責任感のが上にくるんだろうけど、デートという言葉が持つ甘いイメージには責任感がぽーいされちゃう筈だ。
【シエル】
「えっと、遠野くん。それは今日を逃しちゃうと次はないとか、そういうモノなんでしょうか」
「断定はできませんが、次の機会はきっとすごく先になる気がします」
「断定はできませんが、次の機会はきっとすごく先になる気がします」
「っっっっっっっっ」
うー、と猫のようにうなるシエル先輩。
そうしてうなだれた後、はあ、と大きくため息をついて顔をあげた。
もちろんその後に先輩がなんて言うかなんて予想はついている。
先輩は顔を赤らめながら、今日一日だけですよと降参するに決まってるんだから。
先輩と昼の街を歩く。
いつもなら見向きもせずに通りすぎるような店によって、二人してああでもないこうでもないと意見を合わせるだけの午前中。
結局なに一つとして買った物はなかったけど、そんなやりとりが時間を忘れるほど楽しかった。
いつもなら見向きもせずに通りすぎるような店によって、二人してああでもないこうでもないと意見を合わせるだけの午前中。
結局なに一つとして買った物はなかったけど、そんなやりとりが時間を忘れるほど楽しかった。
そうして気が付けばもうお昼時。
「どこか適当なところで済ませちゃいましょうか?」
なんて、ファーストフード店を眺めながら言う先輩の腕を握る。
「どこか適当なところで済ませちゃいましょうか?」
なんて、ファーストフード店を眺めながら言う先輩の腕を握る。
「今日はだめ。朝も言っただろ、今日はちょっとした隠れ名店を紹介してあげるって」
「……はあ。いいですけど、遠野くんお金の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。そこ、ファミレスとあんまり値段変わらないから」
先輩の腕をとって歩き出す。
目的地はインド料理の店、メシアンだ。
「……はあ。いいですけど、遠野くんお金の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。そこ、ファミレスとあんまり値段変わらないから」
先輩の腕をとって歩き出す。
目的地はインド料理の店、メシアンだ。
□繁華街
インド料理店・メシアン。
有彦が見つけ出した知る人ぞ知るというマニアックな店なのだが、どういうわけか利用客はカップルが多いらしい。
有彦が見つけ出した知る人ぞ知るというマニアックな店なのだが、どういうわけか利用客はカップルが多いらしい。
店の大きさはコンビニエンスストアよりやや小さい程度。
事務所やら本屋やら様々な業種が混ざり合った複合ビルの二階にあって、エレベーターから出るとすぐにレジがあるという忙しないお店だが雰囲気と味はこの街でも五指に入ると思う。
事務所やら本屋やら様々な業種が混ざり合った複合ビルの二階にあって、エレベーターから出るとすぐにレジがあるという忙しないお店だが雰囲気と味はこの街でも五指に入ると思う。
「はい到着。そこのカタコンベに通じてそうな入り口あるだろ? その奥にエレベーターがあるんで、そこからしか入れないんだ。階段からは行けないよ」
一見さんであるシエル先輩につらつらと説明をする。
————、と。
一見さんであるシエル先輩につらつらと説明をする。
————、と。
【シエル】
「ここがメシアンですか」
「……先輩?」
なんか、先輩がすごく真面目な顔をしている。
「救世主を名乗るなんて増長しているとは思いましたが————なるほど、この危機感は只者ではありませんね」
「いや、あの……只者じゃないって、ただの料理店なんすけど……」
先輩は答えず、じっとビルの二階を見上げている。
視線の先にあるのは換気扇か。なんか、そこからカレーのいい匂いがしているようなしていないような。
……まずい。なんか、先輩とこの店に入ったら取り返しのつかない事になりそうな予感がちらほら。
「ここがメシアンですか」
「……先輩?」
なんか、先輩がすごく真面目な顔をしている。
「救世主を名乗るなんて増長しているとは思いましたが————なるほど、この危機感は只者ではありませんね」
「いや、あの……只者じゃないって、ただの料理店なんすけど……」
先輩は答えず、じっとビルの二階を見上げている。
視線の先にあるのは換気扇か。なんか、そこからカレーのいい匂いがしているようなしていないような。
……まずい。なんか、先輩とこの店に入ったら取り返しのつかない事になりそうな予感がちらほら。
「ごめん、やっぱここは止めよう! 近くにおいしい中華料理があるから、そこに———」
「行きましょう。俄然対抗心が湧いてきました」
「行きましょう。俄然対抗心が湧いてきました」
「うわあ、やだ、やだったら! 先輩、手ぇ放してくれ手!」
こっちの言い分なんてもう耳に入っていないのか、先輩は人の腕を掴んだまま強引にビルの中へ入ってしまった。
□カレー店メシアンの店内
エレベーターが開いて、すぐにテーブルに通された。
「イラシャイマセー」
独特のイントネーションでメニューを持ってくる店員さん。
「俺はチキンカレーと特製パンをバスケットで。先輩は?」
「イラシャイマセー」
独特のイントネーションでメニューを持ってくる店員さん。
「俺はチキンカレーと特製パンをバスケットで。先輩は?」
【シエル】
「野菜カレーをライスセットで」
「せせせ先輩、そんなケンカ売るような注文しなくても……!」
「カシコマリシマシター」
尋常ならざる先輩の口調が気にならなかったのか、店員さんはいつもの調子でカウンターの向こうへ去っていった。
「野菜カレーをライスセットで」
「せせせ先輩、そんなケンカ売るような注文しなくても……!」
「カシコマリシマシター」
尋常ならざる先輩の口調が気にならなかったのか、店員さんはいつもの調子でカウンターの向こうへ去っていった。
「はあ………」
思わずため息。
先輩は相変わらずピリピリして話しかけられないんで、つい水を飲む手ばかりが進む。
「———遠野くん。そういえば、さっきおかしな物を注文していましたね」
「え……あ、特製パンのコト?」
「はい。ごはんを頼まなかったという事はナンなんですか?」
先輩は何なんですか、と訊いたのではない。
エスニック料理には付き物といえる。ごはん代わりのパンであるナンの事を言ったのだ。
「違いますよ。ナンはカレーを頼めば自動的についてきます。俺が注文したのはこの店が最近はじめたメニューで———」
「オマタセシター」
おっ、丁度いい。
とん、とテーブルの真ん中にバスケットが置かれた。中に入っているのはリンゴ等のフルーツではなく、揚げたてのカレーパンがごろごろと三つほど。
「オマタセシター」
おっ、丁度いい。
とん、とテーブルの真ん中にバスケットが置かれた。中に入っているのはリンゴ等のフルーツではなく、揚げたてのカレーパンがごろごろと三つほど。
「……こ、こ、こ………」
「これのコトです。単品でもオッケーなんですけど、バスケットで注文するとナンをキャンセルするかわりに半額になるんでお得なんです」
「———これは、なんでしょうか遠野くん」
「おいしそうでしょ。メロンパンにだって圧勝したカレーパンですから凄いっすよ。あ、三つは食べきれないんで先輩もお一つどうぞ」
「———い、いいんですか……?」
「かまわないよー。単品一個二百五十円、バスケットなら一個百五十円のお買い得商品ですから」
「————それではいただきます」
恐い顔のまま、揚げたてのカレーパンをかじるシエル先輩。
「これのコトです。単品でもオッケーなんですけど、バスケットで注文するとナンをキャンセルするかわりに半額になるんでお得なんです」
「———これは、なんでしょうか遠野くん」
「おいしそうでしょ。メロンパンにだって圧勝したカレーパンですから凄いっすよ。あ、三つは食べきれないんで先輩もお一つどうぞ」
「———い、いいんですか……?」
「かまわないよー。単品一個二百五十円、バスケットなら一個百五十円のお買い得商品ですから」
「————それではいただきます」
恐い顔のまま、揚げたてのカレーパンをかじるシエル先輩。
「むはぁああああああーーーーー!?」
がたんと振動するテーブル、がたたんと舞いあがるカレーパン残り二つ。
「こ、これわぁーーーーーー!?」
だん、と感動のあまりテーブルに拳を打ちつけるシエル先輩。……びしり、と樫の木で出来たテーブルに亀裂が入っていたが、見てない見てないと自己暗示をして忘れる事にした。
「ととと遠野くん、このカレーパン……!」
美味いのか不味いのかどっちなのか。
まあ、どちらにしたってこうなっては大差はないと思うけど。
「——どうぞ、気に入ったのなら全部あげます」
あげますからどうか落ちついてください、とは続けられない。……だって先輩、目がイッてるんだもん。
美味いのか不味いのかどっちなのか。
まあ、どちらにしたってこうなっては大差はないと思うけど。
「——どうぞ、気に入ったのなら全部あげます」
あげますからどうか落ちついてください、とは続けられない。……だって先輩、目がイッてるんだもん。
□カレー店メシアンの店内
【シエル】
「うっ———いえ、それは遠野くんが頼んだ品物です。わたしがこれ以上いただくわけにはいきません」
「え……あ、そうだね。それに三つも食べたら先輩も自分のカレーが食べられなくなっちゃうし」
……なんだ、良かった。思ったより冷静じゃないか先輩。
「うっ———いえ、それは遠野くんが頼んだ品物です。わたしがこれ以上いただくわけにはいきません」
「え……あ、そうだね。それに三つも食べたら先輩も自分のカレーが食べられなくなっちゃうし」
……なんだ、良かった。思ったより冷静じゃないか先輩。
「いえ、わたし今まで満腹になった事はありませんから、その心配は無用です」
「———っ」
やばいやばい。飲んでた水を吐き出す所だった。
「———っ」
やばいやばい。飲んでた水を吐き出す所だった。
【シエル】
「それより遠野くん、お願いがあります」
「えっと、なんでしょう」
「お金を貸してください。わたし、今日は持ち合わせが少ないんです」
……悪い予感的中。でもまあ、それで先輩が満足するなら安いものかもしれない。
「それより遠野くん、お願いがあります」
「えっと、なんでしょう」
「お金を貸してください。わたし、今日は持ち合わせが少ないんです」
……悪い予感的中。でもまあ、それで先輩が満足するなら安いものかもしれない。
「あい、いいですよ。それでどのくらいですか?」
「有り金全部です」
「ごぶっ……!」
あ、鼻に水、鼻に水が入ってきちった。
「有り金全部です」
「ごぶっ……!」
あ、鼻に水、鼻に水が入ってきちった。
「あの、先輩、ちょっとそれは———」
【シエル】
「—————————」
ひいい、この人目が本気だよ……!
「……わかりました。あとで返してくださいね」
自分のメニュー分のお金を引いて財布ごと差し出す。
「————————」
ぎらん、と光る先輩の目。
「—————————」
ひいい、この人目が本気だよ……!
「……わかりました。あとで返してくださいね」
自分のメニュー分のお金を引いて財布ごと差し出す。
「————————」
ぎらん、と光る先輩の目。
そのまま人の財布をにぎりしめて、先輩はカウンターへと突進していった。
□カレー店メシアンの店内
「———————!!」
「———————!?」
……厨房から喧々囂々とシエル先輩とシェフの話し声が響いてくる。
「……あー、失敗したなあ……」
さてどうしよう。
このまま先輩に付き合っていたら、最悪一日中ここで過ごす事になってしまいそうだ。
「———————!!」
「———————!?」
……厨房から喧々囂々とシエル先輩とシェフの話し声が響いてくる。
「……あー、失敗したなあ……」
さてどうしよう。
このまま先輩に付き合っていたら、最悪一日中ここで過ごす事になってしまいそうだ。
うーん、先輩には悪いけど、ここは——�